峯城(みねじょう)

峯城の基本情報

通称・別名

所在地

三重県亀山市川崎町森4155

旧国名

伊勢国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

峯政実

築城年

正平年間(1346〜1370)

主な改修者

主な城主

峯氏、岡本氏、滝川益重、佐久間正勝

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、天守台、櫓台、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

県史跡(峯城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

亀山城(三重県亀山市)[4.7km]
正法寺山荘(三重県亀山市)[7.6km]
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鹿伏兎城(三重県亀山市)[13.1km]

峯城の解説文

峯城(みねじょう)は、三重県亀山市川崎町森字殿町にあった日本の城(平山城)。

概要
正平年間に関盛忠の五男・峯政実によって築かれたと云われる。

峯氏は政実以降六代続いたが、天正2年(1574年)、峯盛祐が長島一向一揆で討死すると弟与八郎が幼小であったため、岡本宗憲が峯城主となった。

天正11年(1583年)、賤ヶ岳の戦いの前哨戦で滝川一益の家臣滝川益重によって攻められ峯城は落城するが、羽柴秀吉が大軍を率いて峯城を包囲し、数ヶ月の籠城の末に兵糧が尽きて益重は開城した。この戦いの後、織田信雄の家臣佐久間正勝が入城した。

天正12年(1584年)、秀吉と信雄が対立すると、小牧・長久手の戦いの前哨戦として秀吉は蒲生氏郷、関一政などに命じて峯城を攻めさせ、わずか数日で落城した。

天正18年(1590年)岡本宗憲が亀山城に移されるにあたり廃城にされたと伝えられる。

峯城の口コミ情報

カーネル様[2018年06月05日]
関西線亀山駅から

亀山駅からは、亀山市のコミュニティバスが出ています。東部ルートなら峯城の南東の「八島橋東」か「川崎農協」バス停が便利です
能登白川ルートなら、峯城南西に位置する「辺法寺」バス停が最寄りになります。本数が少ないので、2ルートのバスを組み合わせて利用できればいいと思います

私は行きは辺法寺で下車し、バス停から東に向かい東名阪をくぐりました。林照寺の東、JAの北北西のあたりの林を見ると、白い案内板が小さく見えるので、これを目指します

この案内板には、復元図と縄張り図もあり気分が高まります。山林に入り、すぐに本丸に着きます
本丸西側の伝天守台から北上すると、櫓台があり、さらに桝形虎口、かんざし井戸を過ぎると北側の墓地に出ます

城域内は荒れ気味でしたが、遺構が残りよかったです

帰りは2ルートともバスがないので、国道306号をひたすら南下して7km先の亀山駅へ、コミュニティバス以外のバス停がないか、キョロキョロしながら、向かいました

結局、辺法寺バス停から、2時間半歩いて亀山駅に戻りました

上善如水様[2014年10月29日]
登城口が全然わかりません( ̄◇ ̄;)

ka_zu和泉守様[2012年05月27日]
最近、案内標などが整備されたようです。現地に行くなら今かも知れません。

三河守コーキしゃん様[2010年11月15日]
登城口が分からず説明板のみに…

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