上条城(じょうじょうじょう)

上条城の基本情報

通称・別名

所在地

愛知県春日井市上条町2、4

旧国名

尾張国

分類・構造

輪郭式平城

天守構造

不明

築城主

小坂光善

築城年

建保6年(1218)

主な改修者

小坂雄吉

主な城主

小坂光善、林重之、林盛重、小坂雄吉

廃城年

天正14年(1586)

遺構

櫓台、石垣、土塁、堀、母屋、井戸跡

指定文化財

再建造物

石碑

周辺の城

竜泉寺城(愛知県名古屋市)[1.8km]
新居城(愛知県尾張旭市)[4.6km]
猪子石城(愛知県名古屋市)[5.5km]
守山城(愛知県名古屋市)[5.6km]
大草城(愛知県小牧市)[5.8km]

上条城の解説文

上条城(じょうじょうじょう)は、尾張国春日井郡上条(現在の愛知県春日井市上条町)に存在した平城。江戸時代には春日井郡57ヶ村の大庄屋(林家)の屋敷であった。

概要
市の中南部の平地に位置おり、上条城の東部を内津川、庄内川が南北に流れている。
小坂光善が上条城を築城してからが始まりで、光善は築城した後に近江国へ移り住んでいたが、林重之の代に上条城に戻り、名字を(小坂)から(林)と改姓した。林家は林重之が上条用水を切り開くなど、代々地元の農業の振興に努めたといわれる。
上条城が廃城になった後も林家はこの地で林重登を初め林金兵衛まで15代に渡って庄屋に従事し、明治時代に至る。

天守台の頂上部には今井兼平と磯城津彦命を奉っていたコンクリート製の祠の土台が残っている。この天守台は天守閣が取り壊された後に村人を召集したり、水害や戦の際にここの頂上に登って村人に知らせたことから「人呼びの丘」とも呼ばれている。

歴史・沿革
鎌倉・南北朝時代
建保6年(1218年)に佐渡国出身、小坂光善が築城した。その後に小坂家(林家)は近江国に移り住んだ。

南北朝時代初期には上条入道が居城していた。後に上条入道は出家したという。

林重之の代に近江国からこの地域に戻った。

文明18年(1486年)に当時の上条城主である林重緒が仁済宗恕を招いて泰岳寺を開山した。

室町・戦国時代
弘治2年(1556年)稲生の戦いの際に小坂雄吉は佐久間氏や家臣に吉田城と上条城の周辺の守備を任せて雄吉らは佐々成政らと共に戦場で戦い勝利を治めたという。...

上条城の口コミ情報

腹筋背筋スクワット様[2015年05月24日]
この辺りの農協に 林が多いのは 庄屋さんだったからかな~なるほど

三河守コーキしゃん様[2010年10月18日]
市街地化して土塁、掘の一部が残るのみです

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