丸山城(まるやまじょう)

丸山城の基本情報

通称・別名

円山

所在地

静岡県伊豆市八木沢

旧国名

伊豆国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

富永氏

築城年

室町時代中期

主な改修者

主な城主

富永氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

安良里城(静岡県賀茂郡)[7.5km]
狩野城(静岡県伊豆市)[15.5km]
長浜城(静岡県沼津市)[17.8km]
沼津城(静岡県沼津市)[24.4km]
韮山城(静岡県伊豆の国市)[24.8km]
韮山代官所(静岡県伊豆の国市)[25.1km]
戸倉城(静岡県駿東郡)[25.5km]
泉頭城(静岡県駿東郡)[26.8km]
興国寺城(静岡県沼津市)[27.8km]
久能山城(静岡県静岡市)[28.4km]

丸山城の解説文

丸山城の原型は土豪の拠った小さな海賊城だったと推定されるが、その築城年代等は不詳である。しかし、室町時代中期には土肥高谷城主富永氏の支城となり、同氏水軍の本拠地となっていた。

富永氏は伊豆に侵攻してきた伊勢宗瑞に臣従し、以後北条水軍の中核部隊として、活躍した。そのうち、富永弥四郎は江戸城主にも任ぜられている。天正年間には、小田原の北条氏政は対岸駿河に進出してきた武田氏の水軍に備え、この丸山城を大拡張強化して西伊豆最大の水軍基地とした。

天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原侵攻により、水軍基地としての役割を失い、廃棄処分に付されたと考えられるが、城跡一帯には当時の曲輪跡・堀・土塁跡が残されている。現在野球場になっている辺りは往時の船溜まりの跡である。

情報提供:伊豆市教育委員会

丸山城の口コミ情報

2020年10月17日 漂泊の浮雲右兵衛尉
丸山城



道路を挟んで左右に出城と本郭。段状に曲輪もあります。西伊豆歩道の中にあり、道も整備されています。

2020年07月29日 龍馬備中守【関東副将軍】
高谷城[丸山城  周辺城郭]



静岡県の伊豆市にある高谷城♪
諏訪神社の背後に在ります☆
縄張りは抜群♪

城主・築城主は富永氏☆
北条早雲が伊豆を平定するとこの地を領していた富永氏は早雲に従いました☆その後に西伊豆の小豪族を取り入れて勢力を拡大☆
富永氏はここ高谷城や支城の丸山城を守りました♪富永氏率いる伊豆水軍(北条水軍)の活躍は対里見水軍や武田水軍との幾多の海戦を潜り抜けました〜☆

高谷城の城域は巨大で大きく分けて一郭群、二郭群、三郭群と区間されています☆
主郭は沿岸部に突き出しその北東側を無数の帯郭、腰郭が段を造り守ります☆
最大の見所は北東側の尾根筋に造られた大堀切☆高さ8m幅10m位在りそうな巨大な遺構☆ここで主要部との境界線を引いています☆
この大堀切を抜けたとしても先には細かく刻まれた段郭☆主郭に向かうにも一苦労がある堅固な城郭でした☆

2013年02月11日 ぽえぞお弾正少弼黄金旅程
丸山城

三島市方面からだと国道136号をひたすら(笑)一本道で行けます。
土肥の街から約5kmで『丸山スポーツ公園』の目の前の小高い丘並びに道路の反対側に遺構が残ります。
出城(旧本城)側は駐車場から200m程で頂上(主郭部)へ、本城はトータルで400m程で最高部に行けます。
出城側は主郭部に僅かに土塁が、本城側は大手口から石積みされた削平地形など見る事が出来ますが、畑などに転用されている所もあります。
本郭は私有地(畑)の為に立ち入れません…(T_T)が石積みがあります。
ただ、この石積みが当時の物かは不明…(^_^;)
本郭のやや上に休憩所があり説明板と『パンフレット入れ』と書かれた箱が!開けると空っぽでした…(ノ△T)
更に上に登ってくと詰めの城があります。
こちらも畑か当時の削平 地か判別付かず…(^_^;)
堀切まで行きましたが、どれが堀切かも判別出来ませんでした…(T_T)

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