久能山城(くのうざんじょう)

久能山城の基本情報

通称・別名

久能城、久能寺城

所在地

静岡県静岡市駿河区根古屋

旧国名

駿河国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

武田信玄

築城年

永禄11年(1568)

主な改修者

主な城主

今福氏(武田氏家臣)、本多氏、松平氏、榊原氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、井戸

指定文化財

国史跡(久能山)

再建造物

石碑、説明板(久能山)

周辺の城

江尻城(静岡県静岡市)[6.4km]
瀬名館(静岡県静岡市)[7.2km]
駿府城(静岡県静岡市)[7.9km]
賤機山城(静岡県静岡市)[9.1km]
庵原山城(静岡県静岡市)[9.9km]
持船城(静岡県静岡市)[10.8km]
安倍城(静岡県静岡市)[12.6km]
丸子城(静岡県静岡市)[12.8km]
小島陣屋(静岡県静岡市)[13.9km]
花沢城(静岡県焼津市)[14.5km]

久能山城の解説文



久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)は、日本の静岡市駿河区根古屋に所在する神社である。江戸幕府を創始し、晩年を駿府(静岡市)で過ごした徳川家康が元和2年(1616年)に死去した後、遺命によってこの地に埋葬された。駿河湾に面した久能山の南斜面に設けられた表参道(1159段の曲がりくねった石段)を登った上に神社がある。

江戸時代には20年に一度、明治時代以降では50年に一度、社殿を始めとした諸建造物の漆塗り替えが行われており、近年では2006年(平成18年)に社殿の塗り替えが完了した。

2010年(平成22年)12月に、本殿、石の間、拝殿が国宝に指定された。2015年(平成27年)には鎮座400年を迎え、様々な催し物が企画、開催された。

歴史 

※新暦導入以前(1872年以前)の日付は和暦による旧暦を主とし、丸括弧内に西暦(1581年以前はユリウス暦、1582年以降はグレゴリオ暦)を添える。「同年4月(4月)」は旧暦4月(新暦4月)、「同年4月(4月か5月)」は旧暦4月(新暦では5月の可能性もあり)の意。

久能山(標高216m)は元々、北側にある日本平とともに太古の海底隆起によって形成された。長い年月の間に浸食作用などのために硬い部分のみが残り、現在のように孤立した山となった。

推古天皇(592年- 628年)の頃、秦氏の末柄にあたる秦久能忠仁が久能寺を建立し、奈良時代の行基を始め、静岡茶の始祖といわれる円爾(聖一国師)など、多くの名僧が往来し、隆盛をきわめた。

永禄11年(1568年)、駿河侵攻で駿府を制した武田信玄が久能寺を矢部(静岡市清水区)に移し(今の鉄舟寺)、この要害の地に久能城を築いた[1]。しかし、甲州征伐による武田氏滅亡とともに駿河は徳川家康の領有するところとなり、久能城もその支配下に入った。

家康は、大御所として駿府に在城当時、「久能城は駿府城の本丸と思う」と久能山の重要性を説いたといわれる。死後、その遺骸は遺命によって久能山に葬られ、元和3年(1617年)12月には江戸幕府第2代将軍徳川秀忠によって東照社(現・久能山東照宮)の社殿が造営された。家康の遺命は久能山への埋葬および日光山への神社造営であったので、日光山の東照社(現・日光東照宮)もほぼ同時期に造営が始まっている。日光東照宮は第3代将軍徳川家光の代における「寛永の大造替」で、徳川家康を祀る日本全国の東照宮の総本社的存在となった。同時に家光は久能山の整備も命じており、社殿以外の透塀、薬師堂(現・日枝神社)、神楽殿、鐘楼(現・鼓楼)、五重塔(後述の事情で現存せず)、楼門が増築された。

なお、駿府城代支配の職である久能山総門番として代々久能の地を領して久能山東照宮を管理したのは、交代寄合の榊原家であった。

造営以来の多くの建造物が現存するが、寛永期に徳川家光が造営を命じた五重塔は、明治時代初期の神仏分離によって解体を余儀なくされた。

年表

<>は関連事項。

近世以前

  • 推古天皇(592年- 628年)の頃:久能忠仁が久能山麓に久能寺を建立。
  • 元和2年(1616年)
    • 4月17日(6月1日):徳川家康が駿府(現在の静岡市)で死去。
    • 5月(6月):久能山で東照社(現・久能山東照宮)が着工される。
  • 元和3年2月21日(1617年3月28日):朝廷から当社祭神(家康の神格化)に神号「東照大権現」が宣下される。
  • 元和3年12月(1617年1月):東照社(久能山東照社)創建。
  • 寛永年間(1624年- 1645年):本殿、石の間、拝殿が檜皮葺から銅瓦葺きに変わる。
  • 正保2年11月3日(1645年12月20日):朝廷から東照社に宮号「東照宮」が宣下され、これよりのち、「久能山東照宮」の通称が成立する。

近代以降

  • 慶応4年3月(1868年4月):<神仏分離令>
  • 明治3年12月(1871年1月):本地堂(薬師堂)を廃し、境内の日枝神社を遷す。
  • 明治4年5月14日(1871年7月1日):<近代社格制度の制定>
  • 1873年(明治6年)
    • 2月18日:県社に列格。
    • 神仏分離によって五重塔は競売に掛けられ、解体される。
  • 1888年(明治21年)5月1日:別格官幣社に列格。
  • 1946年(昭和21年):社名を「久能山東照宮」とする。(それ以前は「東照宮」)
  • 2006年(平成18年):最近年に実施された社殿塗り替え事業の竣工。
  • 2010年(平成22年)12月:本殿、石の間、拝殿が、国宝に指定される。

祭神 

  • 徳川家康(東照大神・東照大権現)
  • (相殿)豊臣秀吉・織田信長

祭事 

■大祭

  • 例祭 4月17日
  • 春季大祭 2月16日~18日
  • 秋季大祭 10月17日

■諸祭

  • 月始祭 毎月1日
  • 月次祭 毎月17日
  • 月次誕辰祭 毎月26日
  • 愛宕神社例祭 1月24日
  • 稲荷神社例祭 4月9日
  • 久能神社例祭 5月18日
  • 日枝神社例祭 6月15日
  • 厳島神社例祭 6月17日
  • 竃神社例祭 12月17日
  • 駿河稲荷社例祭 2月8日

文化財 

建造物

国宝
  • 久能山東照宮 本殿、石の間、拝殿(1棟)[2](附:安鎮法供養具11組、本殿釣燈籠4箇、拝殿釣燈籠2箇)
江戸時代初期の代表的権現造で元和3年(1617年)落成。寛永年間に檜皮葺から銅瓦葺きとなった。
重要文化財(国指定)
  • 「久能山東照宮」13棟
    • 唐門
    • 東門
    • 廟門
    • 玉垣
    • 渡廊
    • 廟所宝塔(神廟) -本殿の裏手山頂付近にある、家康が埋葬された場所に立つ廟[3]
    • 末社日枝神社本殿(旧本地堂)(附:釣燈籠2箇)
    • 神庫
    • 神楽殿
    • 神饌所
    • 鼓楼
    • 神厩
    • 楼門
    • (附:廟所参道(廟門以内、石鳥居及び石柵付)、銅燈籠2基、手水鉢石1口、棟札10枚)

(指定年月日)

  • 明治41年(1908年)8月1日 - 本殿・石の間及び拝殿(合1棟)が古社寺保存法に基づく特別保護建造物(文化財保護法下の「重要文化財」に相当)に指定。
  • 明治45年(1912年)2月8日 – 唐門、東門、廟門、玉垣、渡廊の5棟が特別保護建造物に指定。
  • 昭和30年(1955年)6月22日 - 廟所宝塔、末社日枝神社本殿、神庫、神楽殿、鼓楼、神厩、楼門の7棟を重要文化財に追加指定。このほか、附(つけたり)指定の安鎮法供養具、廟所参道、銅燈籠2基、棟札10枚もこの日付けで指定。
  • 昭和42年(1967年)12月11日 - 附指定の釣燈籠8基、手水鉢石を追加指定。
  • 平成22年(2010年)12月24日 - 「本殿・石の間・拝殿」が文化財保護法に基づき国宝に指定。同日付で神饌所を重要文化財に追加指定[4]

社殿拝観料は大人:500円 小人:200円。(2016年1月現在)

美術工芸品

国宝
  • 太刀 銘真恒
重要文化財(国指定)

  • 伊予札黒糸威胴丸具足(いよざねくろいとおどしどうまるぐそく)(徳川家康所用)
  • 金溜塗具足(徳川家康所用)、白檀塗具足(徳川家康所用)
  • 革柄蝋色鞘刀(かわづかろいろさや かたな) 無銘(伝三池光世作)
  • 太刀 銘国行(長73.0cm)
  • 太刀 銘国行(長69.7cm)
  • 太刀 銘安則
  • 脇指 無銘(伝相州行光作)
  • 脇指 無銘(伝貞宗)
  • 太刀 銘正恒
  • 太刀 銘雲次
  • 太刀 銘守家
  • 太刀 銘末守
  • 太刀 銘国宗(備前国宗)
  • 太刀 銘国宗(伯耆国宗)
  • 太刀 銘高(以下不明)
  • 徳川家康関係資料 一括(明細は後出)
    • 一、位記、宣旨、口宣案類
    • 二、神服、調度類
    • 三、書画、典籍類
    • 四、道具類

「徳川家康関係資料」は、家康旧蔵の調度品、茶道具などの奉納品を一括指定したもの。指定品中には、家康公の時計と言われる1581年の銘があるスペイン製の置時計(日本に現存する最古のゼンマイ式南蛮時計)、日本最古の鉛筆などが含まれる。南蛮時計はフェリペ2世のお抱え時計師ハンス・デ・エバロの製作で、1611年にセバスティアン・ビスカイノが献上したもの。ハンス・デ・エバロの製作で久能山東照宮の他に現存している時計は、スペインのエル・エスコリアル宮殿にある1583年製のもの他1個のみといわれている。

付属施設 

  • 久能山東照宮博物館

史跡等 

  • 国の史跡「久能山」
  • 勘助井戸(武田軍の軍師山本勘助が掘ったとされる井戸)

久能山東照宮が登場する作品 

  • 泉鏡花『道中一枚絵 その一』 - 岩波書店刊行『鏡花全集』第27巻に所収の紀行文。鏡花が伯父・松本金太郎と共に社殿を訪れた際の珍道中を『東海道中膝栗毛』になぞらえて記す。
  • NHK木曜時代劇『柳生十兵衛七番勝負 最後の闘い』

交通アクセス 

  • 日本平山頂西側にある日本平駅から日本平ロープウェイで約5分(日本平山頂には、公設・静岡鉄道私有のものを含め、一般車・観光バス向けの無料駐車場が多数用意され、ロープウェイ運行時間内は自由に利用できる)。
  • 新静岡バスターミナル・静岡駅北口・東静岡駅南口からしずてつジャストライン・日本平線 42系統「日本平ロープウェイ」行き終点下車、上述の日本平ロープウェイに乗り換え(土休日に公共交通での訪問・拝観を希望する場合、しずてつジャストラインでは、この経路の利用を推奨している[5]
 又は
  • 静岡駅南口からしずてつジャストライン・石田街道線 14系統「久能山下」行き(運賃を通算する直行便の設定は限られている。ただし、途中の東大谷までは石田街道線に加え、静岡駅北口から美和大谷線も頻発、東大谷から約1時間おきに運行される久能山下行きに乗り換え可能。運賃は同停留所で区間ごとの打ち切り計算。石田街道線の久能山下行きダイヤは等時隔ではない。
  • 清水駅前・新清水からしずてつジャストライン・山原梅蔭寺線 226・227系統「久能山下」行き(昼間でも2時間ないし3時間程度運行間隔が開く時間帯があるなど、運行本数は少ない)
    • 双方とも終点「久能山下」下車、同バス停との間には1,159段の石段がある(健康な大人の足で、昇降には概ね15分から30分を要する)。ロープウェイの運行時刻は夏季と冬季で異なり(久能山東照宮の拝観時間に合わせた設定で冬季は早じまいする。)、またいずれのバス系統も、平日ダイヤと土休日ダイヤで大きく運行本数および時刻を異にするので、路線バスを利用して久能山東照宮へ訪問する場合には、関係各所への事前問い合わせ、あるいは提供している情報を用いてあらかじめ調査を行い、移動時間には余裕を持たせることが望ましい。
  • 日本平ロープウェイは設備点検・機器更新等のため、閑散期に期間を予告して運休する場合がある。

参考文献 

  • 瀬川光行編『日本之名勝』「久能山東照宮(駿河静岡)」史伝編纂所、1900年12月31日、国立国会図書館蔵書、2016年8月22日閲覧。
  • 三浦直正編『静岡県案内』「久能山東照宮本社」文源堂書店、1912年7月9日、国立国会図書館蔵書、2016年8月22日閲覧。
  • 松井一明 2009「久能城」『静岡の山城ベスト50を歩く』(加藤理文・中井均 編)サンライズ出版 pp.130-133
  • 【書籍】「 余ハ此處ニ居ル〜家康公は久能にあり〜 」
  • 森威史著『家康の時計渡来記』2017年 羽衣出版。

関連図書 

  • 安津素彦・梅田義彦編集兼監修者『神道辞典』神社新報社、1968年、26頁
  • 白井永二・土岐昌訓編集『神社辞典』東京堂出版、1979年、126-127頁

久能山城の口コミ情報

2022年09月11日 たぬきおとこ
久能山城



城跡の遺構はあまりありません。石垣が少しあるくらい。

2022年08月01日 RED副将軍【新宮党】
久能山城



徳川家康を知るには外せない遺構✨

オススメ度 ★★★★★

推古天皇の頃、久能忠仁が久能寺を建立したのが始まりとされます。
1568年、駿府へ進出した武田信玄が、久能寺を矢部(静岡市清水区)に移し、この地に築城。
その後、武田氏が滅亡すると共に、徳川家康の支配となりました。
家康は久能山を重要視し、死後は遺命により遺骸は久能山に埋葬され、2代徳川秀忠は久能城を廃し、東照宮を創建しました。

見所
本丸跡に鎮座する国宝の久能山東照宮本殿。御祭神は神君、徳川家康公。江戸時代初期の代表的権現造です。
一の門(大手門)は、17曲りの石段を登り詰めた場所にあり、城門風で屋根は左右切妻造りの銅板葺きの復元がなされています。
家康公が眠る廟所参道の石灯籠も重要文化財に指定されています。徳川家臣が奉納しており、松平、本多、酒井、成瀬、土井等の錚々たる名が刻まれています。

2022年07月12日 キャサリン丸
久能山城



今は久能山東照宮となっていますが、石垣がありまして、名残も見られます♪下から登ると、徳川家康公のお墓までは、1000段以上登ります。

夏は水分を持って上がられるか、上がる前に、少しのみ、上の自販機で冷たいのを買うといいと思われます。家康公の愛馬のお墓もあり、見所満載です。

是非一度足をお運び下さい。

2022年05月01日 数珠丸恒次左近衛大将ヒロティー
久能山城

言わずと知れた久能山東照宮がある場所です。雨の中参拝もしてきました

2022年01月31日 和泉守CHANEL
久能山城

晴れた時は富士山が美しいです。駐車場も夢テラス(展望台)も無料なのが嬉しいです

2021年10月10日 博万之里武田武者甲斐守
久能山城



急な坂道です、帰り道は滑りやすいので注意して下さい。ゆっくり休んでウォーキングして下さい。久能様は歴史的に見処あるお城です。

2021年10月10日 特にありません
久能山城



久能山東照宮博物館が良い。徳川家の宝物に圧倒される。西を展望出来る所の立ち家康の心境になってから下山ですね。

2021年06月24日 パジェロ
久能山城

6月24日現在、ロープウェイ工事の為、休み。7月16まで休みです。行く方は、海側から、登って下さい。私は、御城印買いに来ましたが、あきらめました❗

2021年04月04日 八咫烏右兵衛尉
久能山城



日本平ロープウェイの駐車場が狭いので車でお越しの方は駐車場が中々空かないかもしれません現在はロープウェイ自体は5分に一本位あり待ち時間が短く乗れました。現在、久能山東照宮博物館で徳川慶喜展がやってます。また、久能山東照宮博物館で久能山城の御城印を限定3000枚で頒布中なので御城印集めている方は行ってみるといいかもしれません。

2021年03月23日 かず治部少輔
久能山城

景色も綺麗で楽しかった、300円で飲めるお抹茶も美味しかった

2021年01月05日 松山主水正幸兵衛
久能山城



主要情報は他の皆様が掲載しているので、サブ情報を。
久能海岸から登る石段からの景色と、お正月の頃に咲いている寒桜。本堂手前の建物の硝子窓から見える肖像と葵の御紋の色々に感動を覚えます。微妙な違いをじっくりと見たいです。写真を撮り忘れましたが、門の内側に家康公の手形のレプリカが置いてあり、自分の手と比べる事ができますよ。

2021年01月01日 ペスカトーレ
久能山城



元々は、武田信玄が駿河に進行し領地としていた時に元々有った寺を移動して築いた城だったみたいです。以後家康の物となり、家康の死後遺命により久能山に遺体が葬られ、後に久能山東照宮として整備されたようです。

元城だったと思って見ると遺構がかなり有りますが、戦略的にここに城が有る意味は、一寸わかりかねる感じです。単に東照宮に行くには日本平の山頂(駐車場無料)からロープーウェイ(有料)で行くのが、空いていれば一番楽です。だたし混雑時はかなり並びます。

海側から行くと、麓の観光茶屋に駐車場代金を払い車を止め、整備されてるが古くて歴史あるガタガタで急な石階段を、千段以上登って行く事になります。
しかし城好きだったら、海から行く方が趣があって良いと思います。社殿に入るには入場料が要ります。また別料金の小さい博物館には、家康の金甲冑と機械時計が展示物されていて、ファンは必見です。

2020年09月15日 平井甲斐守顕人乃介
久能山城

息子とともに海側から攻めました!
雨が降っていましたが、何とか登頂してお目当ての島左近の兜を拝見。
息子の喜びの表情がたまりませんでした‼️

2020年08月15日 SSA1淡路守
久能山城

猛暑で日和ってしまい、日本平側からロープウェイにしました。体力に自信のある方は、是非海側から階段で上がって下さい。素晴らしい眺望の価値が上がると思います。

2020年03月02日 三尺坊左近衛中将影ちゃんII号
久能山城

日本平から久能山東照宮ヘ参拝に行く場合、日本平ロープウェイ往復券と拝観料と宝物館(博物館)の入館料の3点セット1750円がお勧めです。後、日本平のロープウェイ乗り場が改築工事中なので注意して下さい。

2018年10月15日 内大臣じじ
久能山城

現在は久能山東照宮で、徳川家康の廟所もあります。本殿の垂木の先には金色の葵の紋が付いています。向かって左側つまり廟所に行く方の側の垂木は、普通上一枚、下二枚の葵の紋が1つだけ上二枚下一枚になっていて、それを見つけると幸せになれるそうです。

久能山城の周辺スポット情報

 番所(遺構・復元物)

 石垣(遺構・復元物)

 本丸(遺構・復元物)

 向山砦(周辺城郭)

 船越館(周辺城郭)

 柚木館(周辺城郭)

 御神廟(寺社・史跡)

 久能山東照宮博物館(関連施設)

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