韮山城(にらやまじょう)

韮山城の基本情報

通称・別名

龍城

所在地

静岡県伊豆の国市韮山

旧国名

伊豆国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

北条早雲

築城年

延徳3年(1491)頃

主な改修者

主な城主

北条氏、向井氏、内藤氏

廃城年

慶長5年(1600)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、井戸跡

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

韮山代官所(静岡県伊豆の国市)[0.4km]
戸倉城(静岡県駿東郡)[6.9km]
長浜城(静岡県沼津市)[7.3km]
泉頭城(静岡県駿東郡)[7.6km]
沼津城(静岡県沼津市)[10.1km]
長久保城(静岡県駿東郡)[12.1km]
山中城(静岡県三島市)[12.1km]
網代城(静岡県熱海市)[12.4km]
狩野城(静岡県伊豆市)[13.2km]
土肥城(神奈川県足柄下郡)[16.4km]

韮山城の解説文



韮山城(にらやまじょう)は、伊豆国田方郡韮山(静岡県伊豆の国市韮山)にあった室町時代後期から戦国時代にかけての日本の城。平山城

概要 

15世紀末に伊勢盛時(北条早雲)の関東経略の拠点として整備され、後北条氏の関東支配後も伊豆支配の拠点としてその持ち城であったが、天正18年(1590年)には豊臣秀吉による小田原征伐において激しい攻防戦を経験している。龍城の異称を持つ。

歴史 

築城年ははっきりしないが「北条五代記」によると文明年間(1469年~1486年)に初代堀越公方足利政知の家臣、外山豊前守が城を造ったのが始まりとされている。また城内の熊野神社が勧進された年代から、1500年(明応9年)頃までには完成していたとする見解がある[1]

初めはあまり大規模なものではなく、延徳5年(1491年)に2代堀越公方足利茶々丸を攻め滅ぼした伊勢盛時(北条早雲)によって後北条氏の領有となり、同年から早雲によって後北条氏の本拠地として本格的に造営された。早雲はここを拠点に伊豆の各拠点の支配を進め、後に相模に領土を広げた後も小田原城に移ることなく、没するまでここを居城とした。

その後も小田原城を中心に関東を支配する後北条氏の重要拠点の一つとなり、永禄末年には時の当主・北条氏康の四男・氏規が城主として入り、伊豆支配の中心地とした。

元亀元年(1570年)8月に武田信玄の駿河侵攻の際攻められるが、北条氏規が守り切る。

天正18年(1590年)の小田原征伐では、ほぼ天下を統一していた豊臣秀吉の大幅な攻勢を受ける。韮山城にも織田信雄の軍勢が迫ったために氏規は籠城して戦い、北条方は総勢約3千6百、豊臣方は総勢約5万と伝えられる大きな戦力差のなかで約百日間も持ちこたえたが、秀吉が派遣した徳川家康が交渉にあたり、北条方諸城の落城を受けついに開城した[2]。 その後、関東に入った家康の家臣の内藤信成の居城としていたが 慶長6年(1601年)に転封され廃城となった。

現在の韮山城は、その敷地のほとんどがかつての韮山代官江川太郎左衛門の子孫である江川家の持ち物となっている。

2005年(平成17年)12月17日に、韮山城の至近にある韮山高校のOBが中心となって「韮山城を復元する会」を創設した。

城の構造 

典型的な平山城であり、丘陵に沿って縦に曲輪が連なっている。現在でも曲輪や土塁の跡などが残されており、散策路が整備されている。武家屋敷や政庁の位置は不明だが、韮山高校のグランドに御座敷という地名が残っており、1990年(平成2年)から1991年(平成3年)にかけて、韮山高校の校舎の建て替え工事に伴い発掘調査が行われており、井戸や園池のほか、屋敷跡と思われる遺構も出土している[3][4]

参考文献 

  • 池谷初恵 2009「韮山城」『静岡の山城ベスト50を歩く』(加藤理文・中井均 編) サンライズ出版 pp178-181

韮山城の口コミ情報

2022年04月16日 ネッミーナ
韮山城

足場が悪いので、登る際は気を付けて下さい。地元の高校生は体育の授業で走らされるそうですが、転んで怪我をする人も居るようです。頂上からの景色は絶景です。

2022年01月08日 こうひろ☽☽☽
蛭ヶ小島(源頼朝配流の地)[韮山城  寺社・史跡]



頼朝と政子の銅像が出迎えてくれます。頼朝が幽閉されていた場所なので特殊な地形かと思いきや、田んぼの中の小高い丘です。

ボランティアガイドさん曰く、当時は川が氾濫蛇行によって周辺は湿地帯だったとのこと。
あとは平氏討伐の命に対し、ここから何回か上洛していたそうです。

この位置から見る韮山城本丸と土手和田砦の距離感は攻城側気分を味わえます。声も聞こえる距離なので、籠城側で大軍と対峙すると考えたら背筋が寒くなりそうです。

蛭ヶ小島から見る本丸 / 土手和田砦と天ヶ岳砦

2022年01月07日 こうひろ☽☽☽
願成就院[韮山城  寺社・史跡]



1189(文治5)年、源頼朝の奥州攻めの成功を祈って、北条時政が建立した寺院。二代義時や三代泰時によって、浄土様式の壮大寺院となっていきました。当時は宇治平等院や平泉毛越寺のようなお堂の前に大きな池があったとも推定されています。

発掘された遺構として南塔石積基檀跡、礎石が駐車場奥横にあります。
大伽藍を想像して、この遺構に一番興奮してしまいました。

運慶作の阿弥陀如来坐像・ 毘沙門天立像・不動明王像他(国宝)、政子7回忌に造られた政子地蔵、本堂の阿弥陀如来像が安置されています。当時は伊豆の仏教信仰の中心でした。

境内には北条時政の墓・足利茶々丸の墓・茶々丸首洗いの池などもあります。頼朝と政子が出逢ったと言われている御神木もあります。

今回、残念ながら火曜水曜が閉館で国宝仏を見れずだったので、ホームページを確認してから訪れて下さい。

1.2. 山門
3. 本堂
4. 北条時政公墓所
5.6. 願成就院跡
7.8. 南塔跡石積基檀、礎石

2022年01月06日 こうひろ☽☽☽
北条氏館跡(円成寺跡)[韮山城  寺社・史跡]



伊豆豪族であった北条氏の館と鎌倉幕府滅亡後、一族の円成尼(えんじょうに)という女性が寺院を建て、北条氏の冥福を祈ったのが円成寺です。

ここは複合史跡になりますが狩野川に面した立地。四季を通じて景色を楽しめる、とてもいい場所です。

当時の建物位置跡を示す解説板には、伊豆中央高校美術部の協力で当時のイメージ図も掲載したそうです。

2022年01月05日 こうひろ☽☽☽
北条政子産湯の井戸[韮山城  その他]



大河ドラマが始まるので地元関連史跡巡りをしてみました。

民家の入口横にポツンとあります(笑)
「産湯の井戸」の言い伝えから、安産に御利益があるとして近年まで妊婦が飲んでいたとは。

800年以上も前の井戸が残っているなんて調べてみると地元でも知らない事、沢山ありますね。

2022年01月01日 涼丸
韮山城



早速今年の城始め、そして三度目のリア攻め。とは言っても最短で5分程度なんで、登城自体は楽な部類。ただ、周辺の遺構が多い。今年はリア攻め完遂目指したいんだけど他の口コミ見ると入れないのかな?不法侵入で捕まりたくないしなぁ…入れるように運営さんが所有者さんと交渉してくんないかな笑。まぁ冗談は置いといて、宗瑞公に新年のご挨拶。朝焼けの初富士も拝んで、いい朝駆けでした!

2021年12月23日 長森原
韮山城

伊豆の国市HPにて、韮山城周辺城郭については以下のような告知がなされています。

「現在、韮山城跡は本城(龍城山)のみ階段等を整備しています。土手和田遺構群、天ヶ岳遺構群や、豊臣方の太閤陣場付城跡・本立寺付城跡・追越山付城跡・上山田付城跡・昌渓院付城跡は、私有地につき立ち入りをご遠慮ください。」

https://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/bunka_bunkazai/manabi/bunkazai/20140925.html

2021年11月28日 長森原
韮山城



天正 18 年(1590)3月19日、山中城にて豊臣軍来襲に備えていた後北条氏家臣・松田康長は、小田原城防衛についての書状(静岡県史 中世四・2376)にて、「 屏風山も二子山も何山も、小田原之防ニハ不可罷成候、箱根路ハ当城(山中城)、片浦口者韮山、川村口ハ 足柄之城、三ヶ所ニ極申候」、つまり『小田原城の防衛は箱根道(東海道)は山中城、片浦口は韮山城、川村口すなわち足柄峠は足柄城が最重要である』と述べています。

片浦口とは、小田原から海岸線沿いに根府川(片浦)経由で熱海にいたる道を指し、熱海から先は山越えして山木経由で韮山に出る道であったとされています。

現代の交通感覚とは異なり、駿河から小田原へ至る中世の幹線道路は、東海道・足柄道の他に韮山城のすぐ北側から山間部を横断して熱海経由で小田原に到る第3のルートが存在していた訳で、後北条氏がこの街道の入り口(江川邸前が起点とされている)を小田原防衛の要として韮山城で守備していた事が伺えます。

写真は韮山城の南西5.5kmにある葛城山山頂(伊豆パノラマパーク)から撮影したもの。西に駿河湾、正面に富士山、東に韮山城遠景を望める絶景ビュースポットですが、此処から見ると意外に韮山城は西の海からのアクセスが容易である事が解ります。駿河湾の江浦から韮山城までは平地で4.5km程。
おそらく韮山城は北の東海道から南下する敵勢力だけでなく、海路を使って西の駿河湾から侵入してくる敵も想定して造られた城と思われます。
写真2枚目が韮山城遠景。写真中央が韮山城本城で、右手が支城群が点在する天ケ岳。
小田原に向かう古道は、江川邸(韮山代官所)の前から写真右奥の山中を横断し、韮山〜熱海〜根府川〜小田原へと続いていました。

参考サイト
伊豆の国市文化振興課編集・発行
「韮山城跡『百年の計』」

https://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/bunka_bunkazai/manabi/bunkazai/documents/2syo4.pdf

2021年11月22日 美海(ミミ)安房守
天ヶ岳砦[韮山城  周辺城郭]



①堀切5の写真左側より登城。ひたすら登って行きますが、落ち葉と岩盤で少し滑りやすい。
②上に登りきり、南の金谷砦に向かって進むと、細尾根の岩盤を削り、1人やっと通れる土橋が♬。その先は堀切が続き金谷砦を過ぎると土塁がありますが藪っぽくなってます。
引き返して和田島砦に続く西の細尾根に行くと、突如現れたのは③の岩盤を削った大堀切✨ここは本当に必見です!
④〜⑥は中心部から東側の尾根。この尾根の堀切も岩盤を細ーく削ってあったりで結構ダイナミック❗️。
また戻り、江川砦の方向の尾根に行くと⑧の大堀切が♡ここは麓に落ちる太い竪堀が通れるようになって、最後はここに戻り西側の竪堀を降りると城池の横に出ます。江川砦から降りると民家の敷地に入る場合も多いらしく、ここからのアウトがお勧めです。
車を江川邸駐車場に停めてあれば、歩いて直ぐの距離。
天ヶ岳砦は細尾根かつ、石や落ち葉で滑りやすく、岩盤をよじ登ったり急斜面を降りたりが多いので、ソロは極力避けた方が良いと思います。

2021年04月09日 eiki
金山城[韮山城  周辺城郭]



伊豆箱根鉄道の大仁駅から伊豆三山ハイキングコースが整備されており、駅から約50分で標高342メートルの金山城山頂上に着きます。添付した写真が示すように見事な岩山で難攻不落であったことが伺えます。しかし、コース上は危険な箇所はありません。遺構も堀切なのか自然地形なのかはっきりとは解りづらいですが、急峻な山なので手の込んだ縄張りは必要なかったのかもしれません。このコースを進むと三津城跡、長浜城跡に行くこともできます。

2021年04月04日 eiki
天ヶ岳砦[韮山城  周辺城郭]



韮山本城から城池へ降り、池沿いを進むと堀切5に到ります。そこから山に向かって踏み跡が続いています。案内は一切なく、藪ぽい山道です。標高128メートルの低山ですが登りは木の根を掴んで崖を這い上がる急登を強いられます。尾根に着くと平に均された郭になっています。堀切、土塁も確認できます。天気に恵まれれば本城超しに富士山が眺められます。また沼津アルプスと言われる山塊の前に広がる韮山町の景色は素晴らしいです。行く時は登山靴でないと大変な目に合います。

2021年04月04日 国府左京亮城介
金山城[韮山城  周辺城郭]



畠山国清の乱で使用され、戦国期は後北条氏の城

【歴史】
康安元年(1361)に、足利基氏に敵対した伊豆守護畠山国清の弟・義深が立て籠もる。一度は撃退するが、再度攻められ落城する。戦国期には、後北条氏の手により、改修されている。

【遺構】
韮山城の南南西6kmにある伊豆半島ジオパークの一つ城山(標高342m)に築かれている。
本城・南出曲輪・北出曲輪・詰の郭で構成されており、空堀・土塁・曲輪などの遺構はよく残っている。現在の遺構の状態から、畠山氏の頃ではなく、後北条氏によって改修された巨大な山城である。

【感想】
大仁駅からも一目瞭然でわかる岩盤むき出しの山で、ロッククライミングコースもあり、長嶋茂雄氏も自主トレで利用していたようです。

城山峠の南側にあるのが南出曲輪となります。各郭を区切るように土塁が配置されていたり、三日月状の腰曲輪、尾根側には堀切があるなど、ちゃんとした城となっています。
城山峠から城山方面に向かっていくと、途中に段曲輪があり、この辺りから本城となる。しばらく進むと、土塁で方形に区切られた場所があり、そこが主郭となっています。この土塁は他の場所と比べ、かなりきっちりと作られ、虎口らしき遺構もあります。
更に城山方面に向かうと詰の郭になり、岩盤堀切や、岩盤の切通虎口など、他の城域とは違った遺構を見ることができます。最奥までいくと、韮山城方面を一望できる絶景が待ち構えています。
北出曲輪は、本城の主郭の北側のやや離れた所にあり、途中で土橋があり、その先にかなり高い地形を二段の郭として使われています。そこから東に向かうと二重堀切があります。この北出曲輪は、南出曲輪と比べると、あまり技巧的な感じはしないので、もしかしたら畠山氏時代はここが主郭だったのかも。

見応えのある城ですが、全体的に羊歯で覆われており、夏場は藪も酷くなると予想されるので、冬場の訪城を推奨です。

【アクセス】
駿豆線・大仁駅から徒歩25分で、城山登山口。そこから城域にあたる城山峠まで20~30分。
城山登山口付近に駐車場はあるが、訪城時は満車だった。

【写真】
1:金山城遠景
2:城山登城口
3:城山峠(往時は堀切?)
4:南出曲輪
5:本城主郭
6:岩盤堀切
7:詰の郭
8:北出曲輪の土橋

2021年03月21日 眞田左衛門佐十兵衛
韮山城



戦国時代の始まりと終わりを象徴する韮山城。今川家の客将だった伊勢宗瑞(北条早雲)が伊豆国の堀越公方を滅ぼし、本拠地として整備。豊臣秀吉の小田原征伐時も小田原開城の2週間前まで籠城していた堅城。

2021年01月30日 ⁂北条兵部大輔氏康⁂
天ヶ岳砦[韮山城  周辺城郭]



堀切5より入山。いきなりの急登で基本的に木や笹に掴まりながらで無いと落ちそうで危ないです。
山頂128mまでひたすら登り道で、岐阜城の馬の背登山道の様でした。(誰かしら人が居て岩場やロープウェイがある岐阜城の方が気が楽ですが。)
ローム土の上にフカフカ落ち葉が積もりよく滑る為、引き返す時は横向き摺足でロープを掴みながら下山しました。
体力に自信がない人はオススメしませんが、もし登りきれたならば山頂付近では富士山と韮山城、箱根方面が一望できますので達成感は充分です。

2021年01月12日 RED副将軍
天ヶ岳砦登山口[韮山城  その他]



天ヶ岳砦への登山口が分からずに探すのに時間が掛かりましたので地点登録と写真を添付しておきます。
明確な案内は出ておりませんが「堀切5」の看板が目印です。
堀切の脇から登りますが、他の方も口コミされてます様に、急坂で虎ロープを頼りに登りますのでグローブは必須です。
また落葉で非常に滑りやすいので注意が必要です。
比高は大したことないので時間は1時間あればゆっくり見て戻れます。痩せ尾根の土橋は必見。
詳細は先人の口コミや昇太師匠のブログを見てくださいませ。

2021年01月10日 竹下半兵衛(^^)/
太閤陣場付城[韮山城  周辺城郭]



富士見パークウェイを車でチョイ登り、スカウトの森の入口から林道をチョイ歩いた。下は不動の滝っぽい沢を渡ればあとは登るだけ.ドッコイショ~このポイントには以外とスグに着いた......ゼーゼー( ´;゚;∀;゚;)...

ありました〰️砲台グリーンが!(-д- 三 -д-)チャウチャウ削平された円形曲輪が♪切岸もハッキリ、堀跡もある♪けど古墳説もあったり..っって古墳かよっ ┐( ̄▽ ̄;)┌
イヤイヤ古墳を陣城に利用した説を唱えておこう '`,、('∀`) '`,

遺構は無しとの説もあるけど..太閤秀吉サマ居たかも!のロマンはあるトコだと思うよん..タブン

2021年01月02日 ばらく~だ
韮山城



登城口は、城池公園側で、韮山駅から見ると反対側になります。山頂に赤いのぼりがたてられていて、遠くからでもわかります。本丸は隣の高校の四階建て校舎をも見下ろす程の高さです。

城池公園の向こう側に、韮山代官所(江川邸)があります。

2020年11月12日 すなちゃん武蔵守
韮山城



ため池を抜けると古い神社あり、そこを抜けると一気に上がる階段が有ります。運動不足の私には息が、はぁはぁしてしまいました。😅

分かりづらい曲輪も有りましたが、これのことかなと確認しながら見るのもおもしかったです。山城というのは、戦略的に本当良く考えられていて私の想像力がガンガンに響いてきます。楽しいですよ♪

2020年09月23日 さあさ上総介甲相駿三国同盟
本立寺付け城[韮山城  周辺城郭]

ほぼ東側に位置します。本立寺から登るか、裏手にある浄念寺から回り込むか、です。蜂須賀の陣だったとされています。藪覚悟ですが、曲輪は明確に残っています。

2020年09月05日 赤かぶ【】
天ヶ岳砦[韮山城  周辺城郭]



駐車場は先人の方の口コミにある江川邸の駐車場を利用しました。
広い駐車場です!運転が上手くないので駐車場が広いと助かります(笑)トイレも有り便利です!
登城口は城池親水公園の池の南側にある堀切5の脇から登城出来ます!(江川邸は池の北方向に位置します)
整備はされておらず急勾配の尾根をひたすら登ります。途中ロープを使う所があり結構キツいです!
地面は滑りやすく、木の根や岩盤など歩きにくいので足元の装備は万全に!!軍手なども必須です。
またこの時期方々に蜘蛛の巣トラップが仕掛けられてますので払い除ける棒があると重宝します。
岩盤堀切・土塁・土橋などの遺構が見られます♬︎

2020年08月01日 まさある甲斐守
江川邸駐車場[韮山城  駐車場]

無料です。
駐車場内の観光案内所で韮山城パンフレット貰えます。
トイレも在ります。

2018年02月02日 まさ宮内卿猛虎
韮山城

 韮山城跡へ車で、中学校脇から登場しようとした。少し登り始めたが、余りにも道が狭い。歩行者も擦れ違え無い感じ。其のままバックで引き返し、口コミを読んでいると、散歩中の地元民に出逢った。
 城跡に行くなら、案内するよ、と、親切に声を掛けてくれた。少し北の方、韮山代官所《江川邸として解放》側なら車で行けるし、駐車場やトイレも有ると。
 今日の行程は、長丁場だから登場を断念し、次回訪問まで、楽しみを御預けにして、現地を後にした。見ず知らずの方が、自分の貴重な時間を割いて、案内するよと、声を掛けてくれたのには、感謝感激でした。日本人として生まれて良かった。


2017年12月17日 フー甲斐守
韮山城

先人の皆様の言う通り、自己責任の城ですね。
天ヶ岳砦への入口は落ち葉も積って非常に分かり難いです。中学校方面から公園に入って直ぐにある広場にある小さな狭く急な階段が入口です。何の表示もないんでこれ以上具体的に書けません(笑)
中学校方面から入って来ると振り返らないと気づきません。私は本丸攻略後諦めて帰りがけに見つけました。

後は急というより登ると言った方が良い道をロープも使いながら登っていきます。私は楽しみましたが、これは人それぞれかも(^o^)
私は今回雨も降り出したので、天ヶ岳砦だけで他の砦には行かず引き返しました。ロープ降りる時の方が怖い(笑)

皆さんお気を付けて(^o^)

2016年12月31日 まー刑部卿
韮山城

城池公園の駐車場利用。釣り客沢山居ました。トイレ有り。城池から行くと絵図があったので三の丸(テニスコート)→権現曲輪→二の丸→本丸と進む。土塁や空堀、虎口と観て廻る。本丸奥に土塁に囲まれた塩蔵?跡があった。三の丸から韮山高校のある御座敷跡へ。高校内は人は居ませんでした。(体育館で音してた)江川英龍胸像を通り過ぎると『講道館韮山分場之碑(講道館長 嘉納行光書)』の後ろに窪地?水が溜まって水濠みたいになっていた。

2015年10月01日 浜浜左衛門佐二郎勝頼
韮山城

韮山城〜天ヶ岳砦は、息切らすペースで約15分。足元は、階段状ではなく斜めの斜面なので靴周りは念入りに準備したい。倒木あり、一部ロープ有り。尾根上に人が溜まれるスペースは無く、単なる砦と砦の連絡路と思われる。鎧武者は大変と思われる。

天ヶ岳砦は、水も居住スペースも無く、隠れる場所のない細長い場所。韮山城が眼下に丸見え。ここは取られてはいけない。

和田砦側は急峻な崖。一人で覗きこむと高度感あってちょっと緊張。

天ヶ岳砦〜江川砦は、下り約18分。天ヶ岳砦の直ぐ下には左右を削ったと思われる、人が一人通れる5m程の岩稜あり。わらじ履きの武者は大変と思う。下りで尾根が派生するところはルート取り注意。往復ではなく初見の下りなので、ヤマ勘が必要。

9月で蚊が多くて立ち止まれず息切らして汗だく、倒木で道塞がれたところをかき分け一眼レフのキャップを無くし、靴は土まみれ、蜘蛛の巣に突入すること7、8回。片手に巣払いの枝を持って下りた時の姿はまるで落武者。か弱き婦女子の単独行は避けたい。

2015年09月09日 
韮山城

城池公園より登城しました。江川邸の駐車場を利用、トイレも公園内にあります。

韮山城本城は南北に郭が連なる連郭式。石脇城や興国寺城も連郭式で築城されており、早雲こと伊勢宗瑞が築いた城の特徴と言えると思います。

韮山城本城の南側には江川砦・天ヶ岳砦・土手和田砦・和田島砦が尾根筋に沿って築かれており、これらを含めて“韮山城”が形成されています。
城池公園から韮山中学校へ抜ける道(韮山城本城と天ヶ岳砦の間の堀切)から天ヶ岳砦へ登る階段がありそこから登ってみました。道は整備されておらず薮だらけ、途中からロープづたいに急斜面を登ることになります。
途中に物見台か櫓台のような削平地があり、そこから尾根づたいに10分程登ると天ヶ岳砦の頂上に出ます。
頂上から尾根づたいに西に進めば土手和田砦や和田島砦にも下りられます。
どの砦も尾根筋を削平し堀切で分断された単純な構造でした。
尚、江川砦周辺は江川邸の管理地で入るのに許可が必要らしく今回は諦めました。

天ヶ岳支砦群はロープづたいに登る場所や急斜面が何ヵ所もあるので、軍手とトレッキングシューズの用意をおすすめします。


2013年01月20日 ぽえぞお弾正少弼黄金旅程
韮山城

車なら韮山郷土資料館の駐車場が便利。城池の奥側にも駐車場(5〜6台位)ありますが、道が狭く不便かも…(^_^;)
江川邸裏の山全体が韮山城の支城(砦)となっており全体の規模はかなりの大きさの城です(^_^)b

2011年08月11日 にっこう
韮山城

韮山駅から徒歩約20分くらいです。道路に案内板があるので、迷わずいくことができます。途中に源頼朝配流の蛭ヶ小島があります。現在は曲輪と北条早雲を祭った熊野神社が残るのみです。

韮山城の周辺スポット情報

 塩蔵(遺構・復元物)

 堀切5(遺構・復元物)

 説明板(碑・説明板)

 説明板(碑・説明板)

 土手和田砦(周辺城郭)

 天ヶ岳砦(周辺城郭)

 堀越御所(周辺城郭)

 天ヶ岳砦(周辺城郭)

 本立寺付け城(周辺城郭)

 太閤陣場付城(周辺城郭)

 金山城(周辺城郭)

 北条氏邸(周辺城郭)

 守山城(周辺城郭)

 韮山城和田島砦(周辺城郭)

 上山田砦(周辺城郭)

 追越山付城(周辺城郭)

 江川砦(周辺城郭)

 昌渓院付城(周辺城郭)

 金谷砦(周辺城郭)

 北条義時屋敷(周辺城郭)

 蛭ヶ小島(源頼朝配流の地)(寺社・史跡)

 山木判官平兼隆館跡(寺社・史跡)

 山木皇大神社(寺社・史跡)

 香山寺(寺社・史跡)

 北条氏館跡(円成寺跡)(寺社・史跡)

 願成就院(寺社・史跡)

 北条義時墓(寺社・史跡)

 豆塚神社(寺社・史跡)

 熊野神社(寺社・史跡)

 江川邸駐車場(駐車場)

 登城口(その他)

 天ヶ岳砦登山口(その他)

 韮山〜小田原・古道起点(その他)

 韮山〜小田原・古道(その他)

 韮山〜小田原・古道(その他)

 韮山〜小田原・古道(その他)

 韮山〜小田原・古道(その他)

 韮山〜小田原・古道(その他)

 韮山〜小田原・古道(その他)

 韮山〜小田原・古道(その他)

 韮山〜小田原・古道(その他)

 北条政子産湯の井戸(その他)

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