笹尾砦(ささおとりで)

笹尾砦の基本情報

通称・別名

笹尾塁

所在地

山梨県北杜市小渕沢町下笹尾

旧国名

甲斐国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

武田信虎

築城年

享禄4年(1531)

主な改修者

主な城主

武田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、虎口、横堀(空堀)、土橋

指定文化財

市史跡(笹尾塁跡)

再建造物

説明板

周辺の城

先達城(長野県諏訪郡)[5.7km]
深草館(山梨県北杜市)[5.9km]
谷戸城(山梨県北杜市)[6.4km]
若神子城(山梨県北杜市)[10.0km]
古宮城(山梨県北杜市)[11.4km]
能見城(山梨県韮崎市)[12.9km]
獅子吼城(山梨県北杜市)[13.3km]
新府城(山梨県韮崎市)[14.5km]
比志城(山梨県北杜市)[15.6km]
日ノ出城(山梨県韮崎市)[16.4km]

笹尾砦の解説文

立地
八ヶ岳南麓西側の、七里岩台地西端の釜無川に面した舌状台地の先端部に立地している。標高は760mである。山梨県の北西端にある小淵沢町は、中世では甲斐国と信濃国との国境地帯にあたり軍事的に重要な地域で、当砦は釜無川対岸を通る信州往還を見下ろす交通の要衝に位置しており、その比高は約100mである。砦の北西に馬場・馬場の井戸、北東に上屋敷・御所屋敷、東方に堀の内・御蔵屋敷・東屋敷・中屋敷・上屋敷などの地名が残されている。

歴史
享禄4年(1531)、甲斐国統一をめざす武田信虎に対して、有力国人栗原氏が府中を退去し反乱を起こす。これに逸見今井氏が同調し、さらに諏訪頼満が加担し、西郡の有力国人大井氏が加勢するなど反乱は拡大していった。国人衆に味方した頼満は諏訪明神上社大祝を世襲する家系であり、信虎は諏訪氏の侵入に対し、諏訪明神下社大祝を世襲する金刺氏の一党と与し、甲斐・信濃国境地帯の要害の地篠尾に砦を築き下社の牢人衆を守備につけ対抗する。「当社神幸記」享禄3年の条に「明年正月廿二日、甲州錯乱而、当方篠尾ニ要害ヲ立候て、下宮牢人衆さゝへられ候、彼城も廿二日夜自落、此方本意之分にて、弥武田方難義」と記されており、要害(笹尾砦)を取り立てた武田方ではあったが、城は自落する。当砦の落城似後信虎は退勢を立て直し、享禄4年2月には大井氏等の軍勢を破り、4月には反乱国人衆と諏訪氏の連合軍と塩川の河原において対陣、敵方800人余を討ち取り勝利を得た。

翌享禄5年(天文元年)逸見今井信元は、諏訪氏と再び結託し「浦ノ城」(北巨摩郡須玉町小倉の中尾城ないし同町江草の獅子吼城)を根拠地に挙兵するが、圧倒的な軍事力をほこる信虎の前に敗北を認め府中に移された中今井氏を最後に武田氏に対し反旗を翻す国人衆はいなくなり、天文4年(1535)9月には、甲信国境の境川において信虎と頼満は和議を結ぶ。その後当砦に関する史料はみえなくなるが、『北巨摩郡誌』には天文21年に烽火台として利用され、筑後守が手勢を引き連れて橋や城柵を築いたことが記される。また武田氏家臣の笹尾岩見守・小田切某、古くは新羅三郎の臣下等が居城したことを伝えるが史料的裏づけを欠く。

調査等
東西80m、南北260mの規模をもち、堀切で台地上を区画した郭構造となっている。砦南端の郭は東西20m、南北45mの平坦地で、北西~西~南側にコの字形に高さ2m程の土塁があり、この郭の北側に続く郭は東西24m、南北32mの広さで、西側と北側に土塁がみられる。この郭北側には堀切があり、現在は西側から直接これらの郭に入る道が堀を埋めたて造られているが、本来は東側の掘り残した土橋から北側土塁裾を巡り、西側土塁の開口した虎口へ至る経路であったと思われる。

堀切からさらに北側には三つの堀に画された土塁をともなわない平坦な郭が4つ並んでいる。「甲斐国志」四七、「篠尾塁跡」の項には当砦南側崖下に、「鐘ツリ穴」と呼ばれる有事の際鐘を打ち鳴らした場所が存在したとされるが、現在は詳らかではない。当砦は1978年に、城郭の測量および土塁のある南側二箇所の郭でトレンチによる発掘調査が行われ、多数のピットと北側郭西側土塁付近から多量の炭化物と遺物を含んだ直径1m、深さ20㎝程の土坑が検出され、南側の郭からは東西方向の溝が発見されている。土塁基底部の調査では、石列と石積みが確認された。出土遺物は、かわらけ・内耳土器・磁器・金属製品・石臼・熔融物付着土器で、かわらけは全遺物の九割を占め、全体の三分の二が北側の郭内から出土している。検出遺構と出土遺物の相違から、郭内部は機能的に区分されていたと推測される。

当砦の主郭に相当するのは、台地の先端部分にある西側に土塁をもつ郭と想定でき、北西側の防御に重きを置いた城郭である。享禄年間に諏訪氏に対抗して築造されたことは明らかである。またその立地から武田氏の烽火台・境目の城として評価され、甲信国境地帯の境目の砦として機能していたと思われる。なお、当砦にみられる弧状の堀は武田氏の築城技法のひとつで、丸馬出の先駆とする指摘もある。

現状
市の史跡に指定されており、一部が歴史公園として整備されている。

アクセス
JR中央本線小淵沢駅下車、北杜市民バス小淵沢・長坂線「下笹尾公民館」下車、徒歩約10分

情報提供:北杜市教育委員会

笹尾砦の口コミ情報

2021年03月21日 銀猫隼人佑
自元寺[笹尾砦  寺社・史跡]



白砂山自元寺は、甲州台ヶ原宿の北西に位置し、武田四名臣の馬場美濃守信房公の菩提寺で、境内にはお墓があります。お墓は現在でも地域の方々に、とても大事にされております。
(pic1_お墓、pic2・3_寺)

お墓には、遺品が埋葬されているとあります。
信房公は設楽ヶ原の合戦で、勝頼公を無事に離脱させるために、殿を務めて討死されたと史実にあるので、この場合は遺髪のことを指しているのだと、推察いたします。

敗戦濃厚な決戦に臨むのを前に、盟友である山県昌景・内藤昌豊らと、今生の別れの盃を交わしたと、言われていますので、もしかしたら、この段階で一部の家臣に、遺髪や遺言を託したのかもしれません。

また、現在ある自元寺の総門は、信房公の屋敷跡から移築されたもので、屋根の中央上部には、奥方の笹竜胆の家紋が入っています。(pic4・5_総門)

あと、こちらでは信房公の名前の入った、貴重な御朱印をいただくこともできますので、ぜひお墓参りも兼ねて、一度足を運んでみてください。
(pic8_御朱印)

以下に周遊コースの一例を記載します。
笹尾砦→ループ橋→鳥原屋敷跡→中山砦→自元寺→台ヶ原宿→花水坂
*桜の季節なら、関の桜・真原の桜並木・神代桜も、全て車で10分圏内にあります。
(pic6・7_台ヶ原宿)

以上、訪問に際し、参考になれば幸いです。

2021年03月11日 銀猫隼人佑
中山砦[笹尾砦  周辺城郭]



甲州台ヶ原宿の南西に位置し、甲斐北部国境の守護を担っていた武川衆が、拠点としていたとされる、狼煙台も兼ねた山城です。

標高900m弱の独立した中山の、2つの頂に跨がって築城され、非常に集約した作りになっています。現在では、西の頂に展望台(pic7)。東の頂に本郭があり、城郭の遺構としては、東の頂がメインになります。
展望台の眺望もキレイなので、ぜひ上がってみてください。

主郭の東側には、多段防塁と虎口があり、南側には武田特有の三日月堀を有します。また、本郭の中央にも虎口があって、面白い構造となっています(pic2・3・4)。

3方の道は、それぞれ堀切(pic5)と、土橋で防御されていますが、城内や直近には沢や井戸といった、水の手は確認できなかったので、長期の籠城は想定されてなさそうです。

登城口は主に、西:中山峠口、北:曲足林道登城口、東:三吹登城口の3カ所ですが、曲足と三吹の二つは未舗装林道の途中からになるので、ほとんどの人が中山峠口から入山されます。
中山峠口からだと、展望台まで約15分、本郭まで約20分で登城可能です。
*中山峠までは、最寄りの日野春駅からでも、およそ9kmもあるので、車移動の方が良いです。中山峠口に数台駐車可能です(pic6)。

踏破後に汗を流したい場合は、べるがの尾白の湯か、むかわの湯が近くにあります。

以上、登城に際し参考になれば幸いです。

2019年05月24日 龍馬備中守【】
笹尾砦



主郭部先端の土塁☆諏訪勢の甲斐侵入を防ぐ為に武田信虎により築城☆諏訪下社の浪人衆を配置☆釜無川左岸の七里岩上にあり、甲斐、信濃国境地帯に位置する重要な要衝☆

2019年05月02日 龍馬備中守【】
笹尾砦



主郭先端部の土塁☆諏訪勢の甲斐侵入を防ぐ為に武田信虎が造った砦☆主郭先端部の先は崖で下方は釜無川を天然の堀とする要害☆

2019年05月02日 龍馬備中守【】
笹尾砦



主郭虎口☆土塁は風化により大分低くなっているが食違いにより敵の侵入を阻止する☆奥は南アルプス♪

2015年07月16日 みのみの大膳大夫@【中年組】
笹尾砦

2015年7月15日現在

城郭内に植えられている多数の松が、松喰い虫の影響で倒木の危険があるため、城内立ち入りが禁止されています。

併設された城山公園駐車場までなら行くことが可能です。(城郭まで200m程の場所です。)

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