飯櫃城(いびつじょう)

飯櫃城の基本情報

通称・別名

所在地

千葉県山武郡芝山町飯櫃字城ノ内

旧国名

上総国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

山室常隆

築城年

天文元年(1532)

主な改修者

主な城主

山室氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

石碑

周辺の城

前林城(千葉県成田市)[8.5km]
坂田城(千葉県山武郡)[8.6km]
中沢城(千葉県富里市)[9.2km]
寺台城(千葉県成田市)[10.7km]
成東城(千葉県山武市)[14.0km]

飯櫃城の解説文

※この城郭は2019年4月6日に名称と位置が変更となりました。

飯櫃城(いびつじょう)は千葉県山武郡芝山町飯櫃にあった城である。

遺構
高谷川の西岸、東西に伸びる標高約40mの台地東端に位置する。

南東にある主郭と、それを北と西方面から取り囲むように二郭、さらにその西側に三郭と、3つの曲輪から成る。

曲輪はいずれも広く、主郭の北西隅には櫓台がある。また、主郭、二郭にはそれぞれ規模の大きい空堀が残り、三郭の西側、台地基部には谷を利用した堀切が存在する(『週日』)。

歴史
『山室譜伝記』によると、天文元年(1532)、山室常隆が築城したという(『芝サ』)。

常隆の後、氏勝、光勝と3代続き、芝山周辺に一定の勢力を築いた山室氏は、上杉謙信が関東へ出兵した際にはその幕下に馳せ参じることもあったが(『関東幕注文』)、天正の初め頃には北条氏に属すようになった。

そのため、天正18年(1590)の豊臣秀吉による小田原平定の後、信濃高遠城主・保科氏の攻撃を受けることとなり、飯櫃城に籠城した山室一族は壮絶な戦いの末に滅亡したという(『芝サ』)。

交通
芝山鉄道芝山鉄道線芝山千代田駅から車で約10分

参考文献
『大系』:『日本城郭大系 第6巻』新人物往来社、1980年。
『週日』:『週刊日本の城』デアゴスティーニ・ジャパン、2013年。
『芝サ』:芝山町公式サイト(http://www.town.shibayama.lg.jp/)。

飯櫃城の口コミ情報

下沼下総守雄信さん[2019年04月14日]
公共交通でのアクセスは芝山千代田駅か松尾駅から芝山ふれあいバスで飯櫃か浅川下車。マイカーならば県道290号線を。蓮福寺、竣工記念碑、消防団の倉庫を目印に。

高野神社の鳥居と階段があるので、この階段か右側にある鋪装路を登る。途中左右に分かれる交差点があるが、主郭は左へ、第3郭は右へ。第2郭はこの道と道の間がこれに当たる。
各郭とも案外広いことに驚く。主郭は畑と藪となっている。主郭と第2郭との間にある堀は一部が埋められて畑となっているが、堀だったことは容易に見てとれる。第2郭、第3郭はやはりその殆どが畑か藪となっている。
城入口の高野神社に注目。保護建屋に覆われた本殿に見事な彫刻が施されている。みのがさぬように!

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