成東城(なるとうじょう)

成東城の基本情報

通称・別名

鳴戸城

所在地

千葉県山武市成東(成東城跡公園)

旧国名

上総国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

印東四郎

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

千葉勝胤、石川康通

主な城主

印東氏、成東氏、石川氏、青山氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

説明板

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成東城の解説文

成東城(なるとうじょう)は、千葉県山武市成東町にあった城。

概要
当地に勢力を張った千葉氏の家臣印東四郎により、応永年間に築城されたと伝わる。

その後成東城は一時廃止されたが、享禄3年(1530年)、千葉勝胤により再興され、その子胤定が入り、成東八郎を称したと伝わる。

天正18年(1590年)、小田原の役の際に成東城も落城し、同戦役後二万石を以って成東に封じられた石川康通、青山忠成等が入城した。

元和6年(1620年)青山氏が岩槻城に移封され、成東城も廃城となった。

構造
作田川右岸の独立丘陵上に占地し、空堀および土塁により大きく五つに区画されていた。

主郭は愛宕神社が祭られる丘陵東端の郭と考えられ、台地に繋がる二方に土塁、堀が巡り、北西および南西に虎口が開く。主郭北西には二郭が設けられ、西側に土塁が設けられている。この二郭の土塁は南に伸び、主郭西方では主郭の土塁と合せ二重土塁を構成している。二郭の西方には空堀を経て三郭が置かれ、北西面に土塁が設けられ、西端は櫓台状に広くなっている。二郭および三郭の周りには、台地方面に空堀が巡る。また、三郭西方では主郭西方と同様堀が二重となっており、その内外側の空堀は北に伸び、台地を遮断していた。

以上の三郭が主郭部であるが、台地北東端には複数の腰郭が設けられ、本行寺付近から主郭に至る城道を守る構造となっている。また、台地西端には横堀が巡り、台地全体に城域は拡がっていたものと考えられている。

遺構
外郭部は宅地として開発され、三郭および二郭外側の堀を含む外郭部の遺構は失われたが、主郭、二郭、三郭、および腰郭が良く残る。また、台地西端に設けられていた横堀の一部が残る。

成東城の口コミ情報

Nabeppu左馬頭様[2017年05月05日]
城址公園になっており見易い。駐車場は公園の北側に4台停められる。
入口に城に関する説明版は無い(推定本郭とされる愛宕神社前にある)。入口から向かって正面が推定二の郭、その左側が推定本郭とされる。両郭とも空堀に囲まれており、特に二の郭南側の空堀は深い。
本郭虎口手前は土橋、左右は土塁がある。本郭の南東側に成東の街並みと田んぼが良く見渡せる。

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