本納城(ほんのうじょう)
本納城の基本情報
通称・別名
- 竜之城、滝ノ城
所在地
- 千葉県茂原市本納3106
旧国名
- 上総国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 不明
築城年
- 享禄2年(1529)
主な改修者
- -
主な城主
- 黒熊氏、土気酒井氏
廃城年
- 天正18年(1590)
遺構
- 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財
- 市史跡
再建造物
- 石碑、説明板
周辺の城
-
土気城(千葉県千葉市)[5.3km]
大椎城(千葉県千葉市)[5.5km]
犬成城(千葉県市原市)[9.8km]
東金城(千葉県東金市)[9.8km]
西野城(千葉県山武郡)[10.8km]
庁南城(千葉県長生郡)[11.1km]
中野城(千葉県千葉市)[11.4km]
一宮城(千葉県長生郡)[13.5km]
有吉城(千葉県千葉市)[14.4km]
多部田城(千葉県千葉市)[16.2km]
本納城の口コミ情報
2025年02月03日 ゆきのじょう
本納城
本納駅から徒歩5分程度で蓮福寺さんに到着。山門の先、右手に本納城の説明板がありますが、なぜか木が前に立っていて近寄り難いです。もう少し右か左にずらしてほしいです。
墓地の中は先人の口コミ通り案内板があるので迷わず進めました。
垂直に切りたった削壁と袋狭間がすぐに現れます。主郭もそれなりの広さがあり、北東方向に尾根伝いに行く別の郭がありましたが、そちらはあまり広くなかったです。登る気にもならないほど、尾根は垂直に切り立っていました。
①袋狭間 ②主郭 ③尾根筋の道 ④尾根筋の道から下を覗いたところ
2024年12月05日 国府左京大夫城介
真名城[本納城 周辺城郭]
北端に見るものを圧倒する大堀切が残る三上氏の居城
【歴史】
築城年代は不明だが、三上氏が築城したと推測される。
藻原寺(そうげんじ)に残る『仏堂伽藍記』によると、永正14年(1517)に三上氏と真里谷氏の争いがあり、真里谷氏側には早雲衆(後北条氏)と呼ばれる一団が関わっていたと記載されている。
また、『快元僧都記』にも永正14年に真里谷三河守信勝により、10月13日には三上城が陥落し、10月15日に原胤隆が立て籠もる小弓城も落城したと記載されている。
このことから、永正14年に三上氏は小弓城の原胤隆に属し、下総方面に勢力を伸ばしたい真里谷信勝によって攻め滅ぼされたことが分かる。
後世に記された『上総国長柄郡真名(まんな)城由来』によると、三上右衛門佐長重は鎌倉公方・足利成氏に仕えていた。成氏が古河に移ると、長重は上総に入り、真名城を居城とした。その後、小弓公方となった足利義明に仕えるようになった。弘治元年(1555)3月17日に、丸谷怒閑(真里谷恕鑑のことか?)が北条氏康の下知と偽って真名城に攻め込み、川嶋大学の一族三十余騎は討ち死にし、翌18日に、長重主従三十七騎は麓の安要寺にて自害したという。嫡男の重政は小林城に拠っていたが、衆寡敵せずとして高城氏の小金城へ落ち延び、高城氏に仕えたという。重政の子である重家は、北条氏尭に仕え、岩槻周辺の戦いで戦死したという。
戦死した川嶋大学の子孫が代々口伝されたものをまとめたもので、誤字や年号の乖離があるなど、内容に疑義はあるが全てが間違っている訳ではなく、ある程度は真実を述べていると考えられる。
別名:三上城
【遺構】
本納城から南西約5.1kmに位置し、南北600mに連なる丘陵(標高88m/比高40m)に築かれた。
城は不明瞭ながら3つの区画に分類され、南に位置するⅠ郭には八幡神社や、字 小詰がある。麓から八幡神社へと至る道は、岩盤を穿った通路となっており、麓の地名が北門や横矢掛けもあることから大手道と考えられている。八幡神社のあたりは大手道を監視する櫓台的な役割で、小詰は広い平坦であることから主郭に該当する。また、周辺の尾根には堀切などが施されている。
Ⅱ郭は複数の段曲輪で構築されており、中央には中ノ谷地区へと繋がる岩盤を穿った堀底道がある。
Ⅲ郭は削平された平坦地や、北側の稜線を切断する大堀切や竪堀などが残る。
【感想】
想像以上に倒竹などの障害物が凄まじいお城でした。障害物のせいで、縄張り図から現在地を割り出すのに一苦労しました😅 障害物がない箇所は、八幡神社周辺と里山(筍?)として整備されているⅢ郭くらいでした。今回は城友さんと一緒だったからよかったですが、単独だったら心が折れていたかもしれません😂
流石に真夏にリアする人はいないと思いますが、筍が取れる春先の訪城は気を付けた方がいいかもしれません。
見所は、Ⅲ郭にある尾根を切断する大堀切の一言につきます。苦労して突破した竹藪を乗り越えた先にある大堀切は、圧巻のスケールを誇り、苦労が報われた瞬間となります♪
また、房総の城郭の特徴である岩盤を穿った登城口も中々のインパクトがありました。千本城の女道に似た感じの造りをしており、技術は色々と伝搬するんだなと感じました。
この城は三上氏が滅んだ後、どうなったのかは不明ですが、専門家によるとそのまま廃城になったのではないかとのことです。しかし、個人的にはもう少し真里谷氏などによって利用されたのではないかと思います。大堀切や岩盤を削った大手道など、真里谷氏の影響を受けているように感じているからです。
【アクセス】
①新茂原駅から徒歩80分。
②茂原駅南口から労災病院行きのバスに乗車し、真名入口で降車して徒歩15分。
【写真】
①大手道
②八幡神社(Ⅰ郭)
③Ⅰ郭の小詰
④Ⅱ郭の堀切
⑤Ⅲ郭
⑥Ⅲ郭の竪堀
⑦⑧大堀切
2024年10月09日 気分爽快根室守
本納城
あまり期待せずに立ち寄った城址ですが、興味をそそられる遺構が散りばめられている匂いを感じました。
きちんと下調べをして、木々の枯れた晩秋に再訪しようと思います。
①袋狭間の入口。崩れずに残っているのが凄い
②ここを通り抜けるのは至難です
③この虎口まで生きて辿り着けません
④主郭の土塁
⑤眺望は素晴らしい
⑥おまけの城址碑
2023年04月09日 マタローちゃん中務大輔
本納城
蓮福寺の敷地内にある。山門の右脇から車で入ると奥に広めの駐車場がある。その奥には城まで300mの看板がある。そのまま進むとお墓の脇を通りなごがら次第に傾斜がきつくなり道幅も狭くなり、さらには山城らしい未舗装となる。実際は300m以上歩いた気がする。切り立った崖付近の道を登りきると主郭部分は結構広かった。帰りにお賽銭は忘れないように。
2023年01月09日 ʀᴇᴅ副将軍
本納城
袋狭間と呼ばれる切り通しが特徴的な堅城🏯
オススメ度 ★★★★⭐︎
1529年の築城と伝わります。
安房里見氏の支城で、黒熊大膳亮景吉の本拠であったとされます。
里見氏を離反し北条氏に付いた土気城主の酒井胤治の攻撃により落城しました。
1590年、豊臣秀吉による小田原征伐にて北条氏と共に酒井氏も滅亡し廃城となりました。
見所
主郭下の袋狭間が特徴的な城郭。岩盤をスライス状に掘削し、ひと1人が通れる切通しを形成した最終防衛線。
袋狭間を抜けた先の主郭虎口も見事に残っています。
登城前に痛風が発症し、気合いで足を引き摺り登城。懲役300年の形相であったに違いない。
30分以上かけて降り、そのまま新幹線で帰路のほろ苦い思い出。
2022年11月06日 千葉相模守早雲
本納城
里見方の黒熊大膳亮景吉という武将の居城と伝わっています。後に土気城主の酒井氏に攻め落とされました。
房総特有の岩盤を掘削した山城です。麓の蓮福寺境内に道順を示す案内板が設置されているので、分かりやすいです。
袋狭間と呼ばれる登城口が特徴的です。岩壁を削って虎口を設けています。また180度折り返すことにより、攻め手の勢いを削いで狙い撃つという技巧が施されています。本郭背後も切り立った崖で後ろ堅固。
城の規模は小さいものの、中々攻めにくそうな城だなぁというのが実感です😁
1.袋狭間にある岩壁。
2.正面の崖上に本郭、右手の崖上には北東郭が広がる。
3.登城路。折り返して岩盤沿いに登ります。
4.登城路の切り通し。
5.右下から登り、左上の虎口へ。
6.虎口。
7.右奥の本郭へ180度折り返す。
8.本郭。
2020年12月24日 ファン掃部助トム治郎
本納城
お寺に駐車し、墓地のなかを登ること七分くらいです。九十九里平野がみわたせます。
2018年05月28日 雑賀
本納城
車の場合は蓮福寺の駐車場が利用できます。
寺院のなかに『本納城→』の看板が何ヵ所か設置されています。矢印に沿い墓地の裏手から上がると、袋狭間と呼ばれる切通の登城道でここが本納城の大きな見どころです。切通を抜けるとすぐに本郭へのなだらか(になってしまった?)な虎口が見えます。虎口に向かうには180度向きを変えることになり、背中が狙われ放題!?防御の工夫を感じます。切通の上からの攻撃に注意なさってください。
房総の特徴でもある崖や痩せ尾根が巧みに使われています。東側へと細く長く続く尾根の両脇は深い谷、郭と思われる削平地を抜け突端まで進めますが、回りはすっかり樹木に覆われています。往時は櫓などがあったのでしょうか、標高60メートルほどの山からの見通しは良かったことでしょう。他の方向へも尾根はあるようですが、藪が深く見つけられませんでした。
これらの本城山と呼ばれる一帯以外にも、近隣の小学校の裏山、右衛門郭と今も呼ばれる地域など規模は広大だったようです。城下を実感できる見事なクランクの県道や新興住宅地、田畑の間をぐるりと歩きましたが、良い運動になりました。
2016年01月08日 藤井伊賀守
本納城
本納駅から徒歩10分ほど。お寺の墓地から主要部は、容易に見学出来ますが、薮になっていますが、お寺の東、南に伸びる尾根づたいに堀切がたくさんあります。見ないと損。
2012年10月07日 【隠者】史学会帰新参
本納城
本納駅から西に700Mの蓮福寺の北側にある。蓮福寺の高台の墓地内に城跡への案内がある。曲輪、空堀、土塁残るも主郭と北側の曲輪は見学しやすいが、あとは木や草が生い茂る。