駒城(こまじょう)
駒城の基本情報
通称・別名
- 駒館、駒楯城
所在地
- 茨城県下妻市黒駒字奥内47-1
旧国名
- 常陸国
分類・構造
- 平城
天守構造
- -
築城主
- 藤原実寛
築城年
- 南北朝時代
主な改修者
- -
主な城主
- 藤原実寛
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財
- 県史跡(駒城跡)
再建造物
- 石碑、説明板
周辺の城
-
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駒城の解説文
駒城の口コミ情報
2020年09月15日 kazuyou大蔵大輔
駒城
南北朝時代に、髙師冬との大激戦があり小田城への進軍をかなりの日数足止めさせたこの城も、今は、少しの土塁と空堀が林の中に残るだけです☝️県史跡になっています。僅かな遺構をきれいに整備してありました😃トイレ🚻駐車場🅿️はありませんが、説明板の前に一台くらいなら停められます。
2019年05月30日 感謝大宰少弐はる ◢͟│⁴⁶
駒城
駒城の案内板に書かれている山川綾戸城(アプリ未登録)は結城市山川不動尊近くにあります。土塁が少し残っている程度ですが、山川不動尊は平将門ゆかりのものらしいです。毎月28日に縁日が開かれているそうです。近くに「天保の改革」で知られる、水野越前守忠邦の墓があります。
2016年01月01日 まー刑部卿
駒城
県道233号線の脇道を入ると車一台分の道幅しかありません。駐車場はない為城址石碑前に路駐。ここは車一台置いても対抗車両が通れます。
ここはアパートが隣接したりして遺構が見つかりませんでした。石碑周辺にこんもりとした土塁跡しか見受けられませんでした。
駒城は小田城(つくば市)、関城(築西市)、大宝城とともに常陸国における南朝方の戦略的拠点として重要な存在であった。在地の武将の名は確定できないが、中御門少将実寛を擁して奮戦し、興国1・暦応3年(1340)5月27日、北朝方の将高師冬の猛攻により実寛は生け捕りにされ、やがて落城したといわれる。