玉生城(たまにゅうじょう)

玉生城の基本情報

通称・別名

所在地

栃木県塩谷郡塩谷町玉生

旧国名

下野国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

玉生忠景

築城年

建長6年(1254)

主な改修者

主な城主

玉生氏

廃城年

慶長2年(1597)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

大宮城(栃木県塩谷郡)[4.4km]
川崎城(栃木県矢板市)[6.5km]
矢板城(栃木県矢板市)[7.9km]
御前原城(栃木県矢板市)[8.7km]
轟城(栃木県日光市)[9.2km]

玉生城の解説文

玉生城(たまにゅうじょう)は、下野国塩谷郡(現・栃木県塩谷郡塩谷町大字玉生)にあった山城。建長6年(1254年)築城。慶長2年(1597年)10月13日廃城。

沿革
玉生氏初代の玉生忠景(忠昌)が建長6年(1254年)に築城した。なお忠景が弘長年間に築城した説もある。

塩谷朝業の曾孫・忠景が玉生氏を名乗り、下野国塩谷郡玉生の地に玉生城を築き、玉生氏代々の居城となった。その後、玉生氏の勢力が拡大するとともに、応永16年(1409年)に時の当主勝泰が居城を宇都野城(鳩ヶ森城)に移すと、玉生城は、玉生氏の支城となった。

城は、宇都宮勢の北の守りの一つとして機能するが、慶長2年(1597年)10月13日に宇都宮氏が改易されると廃城となった。

城郭遺構
高原山塊系の丘陵部東端に位置している。遺構の西側のみ峰続きだが、他の3方向は断崖となっている。最高部に主郭を擁した。現在主郭跡には伯耆根神社が奉られている。また山麓には根小屋の字名が残っており、そこに城主の居館が築かれていたと考えられている。

築城当初は、馬蹄形の地形である根小屋に一辺40〜50mの規模で四方を堀で囲んだ程度の館城(平城)であり、詰め城の必要性が迫られる室町時代に入ってから、現在遺構が残る山城が築かれたと考えられている。

参考文献
塩谷町史(塩谷町刊行物)
矢板市史編集委員会編 『矢板市史』矢板市、1981年。

玉生城の口コミ情報

【下野国】陸前守智ぞう様[2017年05月11日]
神社へ続く階段登って手水から横に入ると堀切あり。

玉生中心部から奥に入っていくと、尚仁沢と言う名水がわきでる場所があります。

わざわざ、そこまで水を汲みに行く人もいらっしゃいます。

是非~。

まー武蔵守様[2016年11月04日]
先人の『塩谷町公民館』は現在『塩谷町玉生コミュニティセンター』となっています。伯耆根神社が鎮座している本郭の一段下の郭は確認したが日が暮れてきているのと射撃場の発射音にびびってあんまり時間掛けずに退散しました。

相模守ぷいちー様[2016年10月01日]
矢板駅からの途中の道の駅で買ったリンゴソフトがでかくてびっくり。山登りの疲れも癒されます

【下野国】陸前守智ぞう様[2016年03月22日]
再び玉生城へ。本郭より下に二段に郭あり、その先に2重堀あり。堀の中を歩く事は可能です。


要害的な要素が、各場所に見受けられますね。(笑)

【下野国】陸前守智ぞう様[2015年07月26日]
他県からワザワザいらしてくれた城友さんと共に玉生城再び

伯耆根神社本殿奥から道が延びており、郭、曲輪、2層堀切など確認出来ました

木が生い茂ってなければ、けっこう見所が満載かも

写真でソコがうまく撮れず、皆様にお伝え出来ないのが残念

【下野国】陸前守智ぞう様[2014年03月09日]
塩谷町役場から西に500メートルくらい行った所に“伯耆根神社参道”あり細い参道を車で進むと、墓がありその横に車が3〜4台くらい止められる原っぱありそこに車を止め(その手前の道が段差になってて車の腹こすったので注意)ちょっと歩くと伯耆根神社(玉生城跡)の鳥居と案内看板があります。鳥居をくぐった石段はかなり古いので注意してください。後で気づきましたが、目の前に塩谷町公民館があり、そこから歩いたほうがリスクが少なくてすみますよ

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