足利城(あしかがじょう)
足利城の基本情報
通称・別名
- 両崖山城、飯塚山城、小屋城、栗崎城
所在地
- 栃木県足利市西宮町両崖山
旧国名
- 下野国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 足利(淵名)成行
築城年
- 天喜2年(1054)
主な改修者
- 長尾景長
主な城主
- 足利氏、長尾氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、帯曲輪、石積、堀切、竪堀
指定文化財
- 市史跡(足利城跡)
再建造物
- 碑、説明板
周辺の城
-
足利氏館(栃木県足利市)[1.8km]
岩井山城(栃木県足利市)[3.6km]
新田金山城(群馬県太田市)[7.5km]
赤見城(栃木県佐野市)[7.7km]
彦部屋敷(群馬県桐生市)[9.2km]
高松城(栃木県足利市)[9.3km]
中野城(群馬県邑楽郡)[9.9km]
小泉城(群馬県邑楽郡)[10.7km]
佐野城(栃木県佐野市)[12.4km]
椿田城(栃木県佐野市)[12.6km]
足利城の解説文
[引用元:Wikipedia「足利城」の項目]足利城(あしかがじょう)は栃木県足利市の標高250mの両崖山に平安時代後期に築城された日本の城(山城)で、両崖山城、飯塚山城、小屋城、栗崎城などとも呼称される。1512年以降は長尾氏によって支配された。
足利城を巡り、1455年、1564年、1584年、1590年の4度合戦が勃発しており、それぞれ足利城の戦いと呼称される。
【足利城の戦い】
第一次合戦は関東管領の山内上杉憲忠を殺害した鎌倉公方の足利成氏と上杉氏家臣の長尾氏との間で起こった。『正木文書』に収録されている1455年5月13日の足利成氏書状写には、足利義明が足利城へ赴いたことを受け、計略をめぐらせるよう岩松右京へ命じる旨が記されていた。また、『赤堀文書』に収録されている同年8月29日の書状写には赤堀政綱に対し、近日中に上杉勢が足利庄内へ進駐してくることから、軍勢を整え、軍議をなすよう命じる旨が記されている。『真壁文書』にも真壁尚幹に対し同様の伝令があった旨が記されていたが、これらの結果、軍の対峙のみで終わったのか、合戦が起こっていたのかは現状の資料からは明らかにされていない。
第二次合戦は上杉謙信と佐野昌綱の間に勃発した。1564年11月、上杉謙信は佐野氏が支配する唐沢山城を攻撃するにあたり、足利、館林、新田領などに火を放ち、沼尻に築陣したという記録が残されている。この結果、当地を守護していた長尾政長は、下野国足利衆として上杉方へ属した。
第三次合戦は小田原北条氏の下野国侵攻が本格化した1584年に勃発している。『古今消息集』に収録された4月22日の北条氏勝感状写にて、足利城で長尾顕長と佐野宗綱の戦闘があった事が記されている。
豊臣秀吉により小田原征伐がなされた1590年ごろ、足利城で第四次合戦が行われていた事が示唆されており、『木島文書』『平沼伊兵衛氏所蔵文書』『宇津木文書』などにある1月28日北条氏直感状写には反町大膳亮、辻新三郎、宇津木下総守らに宛てた足利城での戦功を称える言葉が認められている。ただし、本件に関しては相手方がどこであったかについては言及がなされておらず、不明となっている。[続きを見る]
足利城の口コミ情報
2018年04月22日 mas.k上野介57th
足利城
西尾根筋の南堀切は崖崩れのためロープ張られて立ち入り禁止です
ずいぶん手前から斜面を降りて下からのアプローチになります
落ち葉の堆積が半端ないので滑らないよう、慎重に!
2018年04月22日 のららな
足利城
夜景が綺麗だと噂を聞き、深夜に(23~2時頃まで)織姫神社から本丸を目指しました。当たり前ですが、夜なので見通しも悪く、岩場や木の根が多いので何度も足を取られました。
注意して進まないと大怪我をするかもしれないので、夜間での探索は十分注意してください(ぶっちゃけ、おすすめしませんw)
夜なので気温も低く涼しかったですが、一時間の山登りは結構辛かったです。
けれど、本丸付近にある展望台から見る関東平野の夜景は山登りの疲れを吹き飛ばしてくれました。
次は来る際は昼間に、お城の全容を見ようと思います。
2018年03月08日 栃木応援団下野守智ぞう
足利城
足利第一中学校脇の道から入り、梅林の駐車場に車を止め本丸を目指すルートだと、織姫神社から足利城を目指すより20分くらい時間短縮出来ます。
今は梅も七分咲きくらいで見頃に近いです
2017年12月29日 3000ロス征夷大将軍マイリバ
足利城
織姫公園の「もみじ谷駐車場」からだと、25分でピークハントできました♪
ノンストップですけどね(笑)
2014年05月01日 コロ助
足利城
織姫神社境内の藤棚を通った所にある登山口から入ります。前方後円墳の脇を通ったり、今が見頃のツツジ園の中を通ったりします。50分程で城跡の両崖山山頂に着きますが、何ヵ所か岩肌を登り降りすることになるので少しキツいです。
朝5時半頃から登り始めましたが、何人もの方と行き交いましたので、人気のあるコースの様です。
足利城跡碑の立つ所から少しだけ天狗山ハイキングコースに入った箇所に堀切がありました。
2012年12月25日 鳳雛SASlov優彩
足利城
城跡碑まで歩くと往復で、約二時間位掛かります。
体力に自信ない方は、止めておいた方が良いです
2011年03月06日 半日皇帝下野守
足利城
織姫公園駐車場から攻城。城跡はハイキングコースになっており、山頂まで片道約1.5㎞。途中、岩山を4〜5回アップダウンしたあと、展望台から足利の街並みを一望できます。ハイキング気分で城攻めしましょうε≡≡≡ヾ(。ゝω・。)ノ