上之国館(かみのくにだて)

上之国館の基本情報

通称・別名

上之国館[勝山館・花沢館・洲崎館]

所在地

北海道檜山郡上ノ国町字勝山他(地図は勝山館を示す)

旧国名

蝦夷国

分類・構造

城館遺跡群

天守構造

築城主

蠣崎氏[勝山館]、安東氏[花沢館]、蠣崎信広[洲崎館]

築城年

15〜16世紀[勝山館]、嘉吉3年(1443)[花沢館]、長禄元年(1457)[洲崎館]

主な改修者

主な城主

蠣崎信広[勝山館]、安東氏[花沢館]、蠣崎氏[洲崎館]

廃城年

遺構

曲輪、土塁、空堀[すべて]

指定文化財

国史跡(上之国館跡)

再建造物

石碑[すべて]、説明板[すべて]、柵、空堀、橋[勝山館]

周辺の城

館城(北海道檜山郡)[22.0km]
脇本館(北海道上磯郡)[38.5km]
二股口台場山(北海道北斗市)[40.2km]
大館(北海道松前郡)[40.8km]
松前城(北海道松前郡)[41.3km]

上之国館の解説文

上之国館は、松前氏の祖である武田信広が築いた勝山館、花沢館、洲崎館の総称。

それぞれの館跡が良く保存されており、館跡からは銭や陶磁器、金属製品、木製品などの出土品の他、建物や井戸、濠、橋の跡などが多数見つかっている。

北方交易や中世の生活様式を知ることが出来る史跡として、国指定の史跡にもなっており、非常に見どころが多い。

勝山館
勝山館は、武田信広が15世紀後半に築いた山城。16世紀末頃まで、武田氏・蠣崎氏の一大拠点として栄えた。発掘調査により城下町が整備されていたことも分かっており、多数の出土品や建物跡などが見つかっている。

花沢館
花沢館は、15世紀に本州から渡った人々が北海道進出の拠点として築いた道南12館と呼ばれる館のひとつ。長禄元年(1457)コシャマインの戦いの際には、この花沢館に蛎崎季繁が篭もり戦ったという記録が残っている。

洲崎館
州崎館は、武田信広が長禄元年(1457)に築いた館。武田氏・蠣崎氏がその後、道南で成長する基礎を固めた場所として貴重な史跡となっている。

上之国館の口コミ情報

常陸入道ねんさい和泉守様[2015年05月16日]
勝山館
城跡の南側に勝山館跡ガイダンス施設があるのでそこを目印にすると分かりやすい。
ガイダンス施設は有料だが勝山館跡を見学するならオススメ。
上ノ国館の中で勝山館が一番整備されているので見学しやすい。

常陸入道ねんさい和泉守様[2015年05月16日]
洲崎館
現在城跡には砂館神社が建てられていて高台の地形が残る。神社の北側と西側に空堀跡と思われる遺構が確認できた。東側に土塁が残る。神社周辺だけが城跡だと思ったが、城域は広く神社北側も館跡である。神社周辺は見学できるがそれ以外の城域は自由に見学できるか不明。

神社入口に駐車スペースがある。トイレ水道は見当たらず。

常陸入道ねんさい和泉守様[2015年05月15日]
花沢館
国道228号線を道の駅もんじゅから進むと天の川を渡る手前の2キロほどの所に入口がある。すぐそばには駐車場がないので消防署のすぐ先に車を停める。天の川の岸辺に駐車スペースがある。
入口から登ると階段状に曲輪がある。一番高い所に主郭があり南側に土塁と空堀がある。
以前は荒れている城と聞いていたが、道はあり見学に困らなかった。

マサハル陸奥守広告付き葉書様[2011年02月12日]
本日、明るい時間に画像を撮りに来ました。
さて、初代城主争いはどうなるかな

マサハル陸奥守広告付き葉書様[2010年08月26日]
攻略はだいぶ前にしたのですが、本日、画像を撮りに現地に来ました。
遅い時間だったので、説明看板のみ暗いもので、恐縮です。
いつか明るい時に撮影リベンジに来たいものです。
場所は国道228から100mほど入った『砂舘神社』が洲崎館跡です。

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