四稜郭(しりょうかく)

四稜郭の基本情報

通称・別名

所在地

北海道函館市陣川町

旧国名

蝦夷国

分類・構造

稜堡式

天守構造

なし

築城主

旧幕府軍(蝦夷共和国)

築城年

明治2年(1869)

主な改修者

箱館政府

主な城主

旧幕府軍(蝦夷共和国)

廃城年

明治2年(1869)

遺構

土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(四稜郭)

再建造物

説明板

周辺の城

五稜郭(北海道函館市)[3.4km]
志苔館(北海道函館市)[7.9km]
弁天台場(北海道函館市)[8.0km]
戸切地陣屋(北海道北斗市)[12.9km]
茂別館(北海道北斗市)[15.1km]

四稜郭の解説文

四稜郭(しりょうかく)は、箱館戦争の際に蝦夷共和国(箱館政権)が、明治2年(1869年)に現在の北海道函館市に築城した堡塁。

立地と概要
空堀に囲まれ、規模は東西約100メートル、南北約70メートル、周りには幅5.4メートル、高さ3メートルの土塁が巡らされ、土塁の周辺には幅2.7メートルの、深さ0.9メートルの空濠が掘られている。四隅には砲座が配置されている。南西側に門口があり、その後方に幅0.9メートルほどの通路が設けられている。郭内には建物は建設されなかったようである。面積約2万1,500平方メートルを有する。4つの突起を持つためこの名がある。別称は、新台場、神山台場、新五稜郭などある。

五稜郭を援護する支城として、また東照宮を守護する為に北東約3キロメートル離れた丘陵上に洋式築城法により築かれた。建設には旧幕府兵卒200人および近隣住民100人が徴用され、昼夜兼行の突貫工事で造り上げたと言われる。
しかし、堡塁としては脆弱であり、立て篭もるには手狭で井戸等の設備も存在しなかった。
星形要塞であるものの、実際には野戦築城に近いものである。

四稜郭以外に当時造られた星形要塞としては、七飯台場がある。こちらは漫画の吹き出しのような七稜形である。

建設を指揮したのは大鳥圭介あるいはブリュネ大尉といわれている。

昭和9年(1934年)国の史跡に指定された。

四稜郭の口コミ情報

五瓜ニ唐花紋内大臣や〜きみ様[2017年05月08日]
駐車場あり。
史跡としては手入れされてます。
五稜郭と比べたら小さいです。
長野の龍岡のと比べてもこちらの方が小さいです。
邸一軒分くらいしかない印象です。
緑の綺麗な土塁で稜郭になってます。
五稜郭ですら大砲の飛距離伸びた時代には時代錯誤だったので、これは戦うにはとまうかなと言う規模ですね。

参議一之介様[2013年09月15日]
「四陵郭入口」バス停はありますが、本数は30分ごとくらい。このバス停からでも15分ほど歩きます。

公園として整備されていて、未舗装ですが15台ほど停められる駐車場があり、トイレもあります。

土塁の高さは2メートルほどあります。

みかん治部少輔様[2013年07月07日]
五稜郭付近からだと、函館バスで五稜郭公園前→神山通バス停 そこから約2キロ先でした。神山通バス停の近くに案内標識出ていました。
行きは上り坂です。
バスの本数が少ないので時間を調べてから行ったほうがいいです。

函館陸奥守雄一郎様[2013年02月02日]
この時期は雪でまったく近付けません。

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