大館(おおだて)

大館の基本情報

通称・別名

松前大館、徳山館

所在地

北海道松前郡松前町神明

旧国名

蝦夷国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

安東定季

築城年

永正11年(1514)

主な改修者

蠣崎光広

主な城主

安東氏、下国氏、相原氏、蠣崎(松前)氏

廃城年

慶長11年(1606)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、井戸

指定文化財

国史跡(大館跡)

再建造物

説明板

周辺の城

松前城(北海道松前郡)[0.6km]
脇本館(北海道上磯郡)[30.3km]
柴崎城(青森県北津軽郡)[36.6km]
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平舘台場(青森県東津軽郡)[53.2km]
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中里城(青森県北津軽郡)[58.7km]

大館の解説文



大館跡(おおだてあと)は、北海道松前郡松前町神明にある館跡であり、道南十二館の一つ。1977年4月5日、国史跡に指定された。

概要 

蝦夷地への和人の進出過程を知る上での主要な史跡として、いわゆる道南十二館の存在は夙に注目されているが、大館はその1つであり、福山城築城までの蠣崎(松前)氏の本拠として特に重要なものといえる[1]

大館の起源は室町時代に遡り、嘉吉年間に南部氏との戦いに破れて蝦夷地に敗走した安東氏が居館としたのに始まると伝えられる。

永正10年(1513)に、原住民の蜂起により大館も陥ちたが、翌年、蠣崎光広が大館に入り、徳山館と名を改めた。その後、蝦夷地全域を支配するようになった蠣崎氏は、慶長11年(1606)に徳山館の南に新城を築いて移転したため、徳山館は廃絶された。

台地上に占拠する大館は、尖端部の「小館」と堀割を挾んで北に続く「大館」に区画されている。南側の小館沢口に架橋して入口とし、「大館」の後背部に柵を配して防備を固め、さらにその後方は堀割をつくっている。居館は「大館」に建てられたものと思われ、その北東部に、焼材等を検出する地点がある。

大館の口コミ情報

2016年11月06日 イオニア右兵衛督
大館

松前城の北の徳山大神宮が館跡。

神宮前のスペースに停めれます。

裏山が遺構のようですが草が多く確認できず‥

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