八重瀬城(やえせじょう)

八重瀬城の基本情報

通称・別名

八重瀬グスク、富盛城(ともいじょう)

所在地

沖縄県島尻郡八重瀬町字富盛

旧国名

琉球国

分類・構造

平山城

天守構造

なし

築城主

汪英紫(おうえいじ)

築城年

14世紀

主な改修者

主な城主

八重瀬按司

廃城年

遺構

曲輪、拝所

指定文化財

町史跡

再建造物

説明板

周辺の城

南山城(沖縄県糸満市)[3.1km]
具志頭城(沖縄県島尻郡)[3.2km]
糸数城(沖縄県南城市)[4.6km]
玉城城(沖縄県南城市)[6.1km]
長嶺城(沖縄県豊見城市)[6.3km]

八重瀬城の口コミ情報

後中城按司 知名朝安様[2018年06月20日]
八重瀬城の城主は、汪英紫と彼の長男の達勃が有名です。島添大里城と、豊見城城の口コミに書き込みしたように、汪英紫は、承察度王の叔父ですが、1394年頃にクーデターを起こして、甥の承察度王を島添大里城から追放しました。その後、南山王叔として南山の実権を握ります。汪英紫が、島添大里城の城主となってからは、達勃が八重瀬按司を世襲して、八重瀬城の城主になります。そして、1414年に、クーデターを起こして、弟である豊見城城の南山王、汪応祖を殺害しました。しかし、汪応祖の長男の他魯毎の逆襲にあい、久米島に逃亡して、真達勃按司と名乗り(久米島)具志川城を築城しました。達勃との戦いに勝利した他魯毎が、尚巴志に破れた後に、八重瀬城では無くて南山城に逃亡したのは、父を殺害した達勃の居城には、住みたくなかったからです。

立花土佐守統虎様[2016年10月14日]
県道52号線に目印の看板があり、坂を登ると公園の駐車場があります。
八重瀬岳の中腹にある公園内が八重瀬城跡です。
公園入口の右側の階段を登ると、左手に本殿跡、物見台跡が見えてきます。

この八重瀬城には「カニカマルー」という鋼鉄の身体と怪力を持つ英雄伝説があり
彼が残した拳跡、足跡がグスクのどこかに残っているとか??

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。