大津山城(おおつやまじょう)

大津山城の基本情報

通称・別名

つづら嶽城、つづらが岳城、舞鶴城、南関古城

所在地

熊本県玉名郡南関町関東字城平、井手ノ上

旧国名

肥後国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

大津山(日野)資基

築城年

応永3年(1396)

主な改修者

主な城主

大津山氏、小原氏、佐々氏、加藤氏

廃城年

慶長5年(1600)

遺構

曲輪、石垣、堀切、竪堀

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

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大津山城の解説文

大津山城(おおつやまじょう)は、熊本県玉名郡南関町大字関東字城平にある山城。あまつらが嶽城、つづらが嶽城、とも呼ばれる。

歴史
築城年代、築城者は定かではない。応永2年(1395)、将軍足利義持から大津山の地を与えられた日野権大納言責名の八男資基が、翌応永3年(1396)に築城したと伝わる。西南の関東に館を建て、大津山姓に改めたという。

大津山氏は豊後の大友氏に属していたが、6代資冬が大友氏の命に背いて城を追われてしまう。しかし、代わりに入った小原宗意も大友氏に背いたため、資冬は好機とばかりに大友軍の先頭にたち城を攻め、その功績により再び大津山城主に返り咲いた。その後は、勢力を増した肥前の龍造寺隆信に従い、天正7年(1579)には薩摩の島津氏の勢力下に入った。

天正15年(1587)に豊臣秀吉の九州征伐が始まると、資冬の子である家稜は秀吉軍に参陣。本領を安堵されたが、その後佐々成政に反抗したため攻め滅ぼされた。

佐々成政に代わり加藤清正が肥後に入ると、大津山城には城代が置かれた。しかし、慶長5年(1600)に鷹ノ原城南関城)を築くと、大津山城は不要となり廃城となった。

遺構
大津山阿蘇神社の境内の背後にある、標高256.1mの大津山山頂に築かれている。

主郭とされる最高所は2段の区画で構成される。北東側に台形状の平坦地があり、北側と西側に石垣が残っている。切岸は急崖のように削り込まれ、主郭北下と南下には曲輪がある。主郭から北東へのびる尾根には三重の堀切があり、端は竪堀になっている。

ほか、主郭の南西下にある二の丸、二の丸からさらに比高80mほど南西に降りたところには三の丸がある。

二の丸も主郭と同じように、切岸は削り込まれている。南西方向にのびる尾根に階段状に曲輪を置き、無線中継施設が建つところが最下段となる。西斜面には竪堀がみられ、三の丸の西斜面にも巨大な竪堀がある。自然地形を利用した、山麓まで落ちる竪堀になっている。

昭和47年(1972)に大津山自然公園が整備される際の調査では、桁行5間×梁行2間の家のほか、2棟分の柱穴跡が検出されたという。屋根は茅葺きとみられ、燈明皿や火鉢なども出土している。

交通
九州自動車道南関ICから車で約5分

参考文献
『熊本の城 (熊本の風土とこころ 10)』熊本日日新聞社、1975年。
『日本城郭大系 第18巻 福岡・熊本・鹿児島』新人物往来社、1979年。

文:萩原さちこ

大津山城の口コミ情報

2016年08月07日 水瀬筑後守名雪
大津山城

ふと、南関インターを降り、先人様の口コミの通り大津山阿蘇神社に立ち寄ってみた。今回は下見がてら来てみたので、登山はなし。車は参詣者用の第2駐車場に停めた。入口が狭く、うっ、と思ったが、いざ入ってみると奥は駐車場がそれなりに広かった。

実際に城山に登るには、鳥居をくぐった後、神社へ向かう108の階段を登る直前で左側の遊歩道を登って行けば良さそうだ。

今日は神社にお参りだけして帰陣することとする。

2016年08月04日 紀伊守きこりん
大津山城

豊前街道の要衝である南関の地を抑える山城で、麓の大津山公園には秀吉が島津攻めで通過した際に使ったと伝わる湧水が残ります。公園からも登れるようですが、大津山阿蘇神社の社殿左手からの遊歩道の方が早そうです。尾根上に連なる幾つかの郭を見ながら登っていくと、一部石垣のある主郭。背後の尾根には四つの堀切が刻まれています。神社へは国道443から鳥居をくぐればすぐで、駐車場あり。
加藤清正の肥後入り後、街道の向いに清正公縄張と伝わる鷹ノ原城が築かれ、城の機能はこちらに移りました。鷹ノ原城は元和と島原の乱後と二度の破城を受けますが、発掘により石造りの大規模な近世城郭が、徹底して破壊された痕が明らかになっています。綺麗に草も刈られ、生々しい破城の様が観察でき、必見です。
鷹ノ原城のすぐ近くに、参勤交代の際の殿様の休憩所である南関御茶屋跡(国史跡)があり、ここに車を置いて登城できます。御茶屋跡は見学料200円でボランティアガイドの丁寧な説明を受け、殿様ポジションに座って抹茶とお菓子が頂けます!オススメ!西南戦争に興味がある方は城ノ原官軍墓地もどうぞ。

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