陣ノ内城(じんのうちじょう)

陣ノ内城の基本情報

通称・別名

陣ノ内館、陣の内館、陣の内城、陣内館

所在地

熊本県上益城郡甲佐町豊内

旧国名

肥後国

分類・構造

丘城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

小西行長?

主な城主

阿蘇氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(陣ノ内城跡)

再建造物

周辺の城

堅志田城(熊本県下益城郡)[3.3km]
御船城(熊本県上益城郡)[7.3km]
竹崎城(熊本県宇城市)[10.0km]
隈庄城(熊本県熊本市)[10.8km]
曲野城(熊本県宇城市)[11.5km]
木原城(熊本県熊本市)[12.0km]
健軍陣内城(熊本県熊本市)[15.3km]
木山城(熊本県上益城郡)[15.4km]
黒淵城(熊本県八代市)[15.7km]
愛藤寺城(熊本県上益城郡)[16.0km]

陣ノ内城の解説文

※この城郭は2022年4月6日に名称と位置が変更となりました。

陣ノ内城(じんのうちじょう)は、熊本県甲佐町にあった城である。

名称 

昭和53年(1978年)の熊本県教育委員会による中世城郭の悉皆調査報告書が刊行されました。それ以来、本遺跡は現地に堀や土塁等が良好に残ることが注目され、昭和55年(1980年)に江戸時代の文献史料から阿蘇大宮司の館跡である「陣ノ内館跡」として、甲佐町で初めての町指定文化財になりました。

その後、甲佐町が平成14年(2002年)度~16年(2004年)度に地形測量と確認調査を、平成20年(2008年)度から発掘調査と関連史料調査などを実施した結果、遺跡は阿蘇氏の拠点が置かれた場所に築城された織豊系城郭であることが明らかになりました。そこで、令和元年(2019年)度より遺跡の名称を「陣ノ内館跡」から「陣ノ内城跡」に変更しました。

国史跡 

陣ノ内城跡は、これまでの調査を踏まえて歴史的価値がまとめられ、次の3点が評価され、令和3年10月11日に国史跡に指定されました。

肥後国の中世城館の中でも突出した規模を持ち、保存状態が良好な城跡

陣ノ内城跡は甲佐岳から伸びる尾根の先端部にある標高100mの平坦地上に立地しており、麓との比高は64mです。

現在の陣ノ内城跡は、約1.9ha(東西長145m、南北長132m)の平坦地の東側と北側を堀と堀の内側に沿った土塁が方形に区画しています。堀は直線を基調として東隅で直角に折れ、北隅では鉤型に折れています。その規模は長さ400mを超え、最大幅は20m、深さは5mの巨大なものです。その内側に沿った土塁の規模は長さ270mを超え、幅は15~30m、平坦面からの比高は5mになります。この土塁は「あげつち」と呼ばれており、堀を掘った時の土砂を積み上げて造られたことが発掘調査によって分かっています。

一方、発掘調査の結果、堀で囲まれた区画の中央付近と北側の土塁上で石列遺構を、区画の南側と西側で埋没していた堀や土塁、虎口などを検出しました。

埋没していた堀は直線を基調として西隅で直角に折れて、南側中央でも北側に屈曲しています。この堀は現在見られる東側と北側の堀にはつながっていません。堀の規模は長さ275m、最大幅8.5m、深さ2.7mです。堀の内側にも土塁が造られていましたが、19世紀以降にこの土塁を崩して南側と西側の堀を埋め立てたことが分かっています。そして、堀と土塁がつながらない北西と南東は虎口と考えられ、「きどまる」の地名が残る南東隅には幅2.4mの硬く締まった面(硬化面)がありました。

このように、陣ノ内城跡は「堀と堀の内側に沿った土塁が明瞭に残り、その規模は発掘調査で確認されたものを含めると、東西210m以上、南北190m以上の北西と南東に虎口をもつ方形の城跡」であることが明らかになりました。

この陣ノ内城跡の規模や構造は、中世の阿蘇氏の城館をはるかに凌ぎ、16世紀末から17世紀前半の中国産の輸入陶磁器が出土していることから、陣ノ内城跡の築城時期は、豊臣系大名が肥後国を治めた以降と考えられます。この場合、築城は佐々成政、小西行長、加藤清正によると考えられますが、豊臣系大名として初めて肥後国を治めた佐々成正は実質半年で失脚したことや、肥後国を治めた加藤清正の城が載る慶長9年(1604年)~12年(1607)頃の『肥後国絵図』には陣ノ内城が載っていないことに加えて、陣ノ内城跡のように本丸を直線的で屈曲した堀を用いて明確に区分する構造は、他の小西行長の城郭にも共通することから、小西行長による築城と考えられます。

このように、陣ノ内城跡は肥後国内でも突出した規模を持つ城郭であることに加えて、小西行長が関ヶ原で滅亡した後の加藤・細川氏の統治の時に使われなかったために、小西行長の城郭を現在まで良好に残す貴重な城郭といえます。

城跡のある場所は水陸交通の要衝であり、継続的に利用された

陣ノ内城は、緑川の流れが急流から緩やかになる河川交通の出発点に位置し、陸上交通では小西行長の本城の宇土城(宇土市)と支城の矢部城(愛藤寺城 山都町)を結ぶ領国内の中継地に築城されています。小西行長は、宇土城を起点とした領国内の統治をより安定させるためにこの地に陣ノ内城を築いたと考えられます。また、小西行長の城郭の多くが海や河川に近い場所にあり、行長が水上交通網を重要視していたことが窺える一方で、正保元年(1644年)~正保3年(1646年)の『肥後国絵図』では、支城が宇土城を起点にした道路で結ばれていたことも明らかになりました。この道路は現在まで続いており、宇土郡や益城郡、八代郡を結ぶ陸上交通の重要なルートであったと考えられます。

陣ノ内城がある「甲佐」は、矢部を本拠に阿蘇郡や益城郡を治めた阿蘇氏にとっても熊本平野への進出口となる重要な場所でした。南北朝時代の古文書「恵良惟澄軍忠状」では「甲佐獄」や「甲佐城」、戦国時代の古文書『上井覚兼日記』では「甲佐の囲」が確認できます。

陣ノ内城を明確に記した一次史料は未確認ですが、陣ノ内城が立地する甲佐が要所であったことは明らかです。また、発掘調査では阿蘇氏が統治していた時期の中国産の輸入陶磁器が出土するので、陣ノ内城には阿蘇氏の拠点が置かれていたと考えられます。

これらのことから、城跡のある場所は水陸交通の要衝に所在し、有力者によって継続的に利用されたことが明らかになりました。

阿蘇氏から豊臣系大名による肥後国支配へと転換する時期の政治的、社会的状況を考える上で重要

小西行長の城郭の記述は日本の一次史料には存在しません。しかし、イエズス会の史料中に宇土城八代城(麦島城、八代市)、隈庄城(熊本市)、矢部城の4城が確認されています。また、近年の城郭研究の進展によって赤井城(益城町)や豊福城(宇城市)も小西行長の城郭と考えられています。これらの築城はいずれも戦国時代の領主やその有力家臣の城に近接しています。

陣ノ内城の南200mにも阿蘇氏の家臣の城と伝えられる松尾城(甲佐町指定文化財)があり、陣ノ内城と松尾城の関係は従来の領主の城に隣接した場所にこれまでは見たことがない、直線的な塁線を縄張りとした巨大な城郭を築城し、新たな統治体制への移行を強く意識させる統治手法の好例といえます。それは旧勢力の統治地域を治める際に小西行長のとった領国統治の手法で、小西行長が豊臣政権の中枢の大名であったことも考慮すると、豊臣系大名が新たな領国に入部した際の統治の在り方の一つを示していると考えられます。

情報提供:甲佐町教育委員会


陣ノ内城の口コミ情報

2022年05月06日 丸
陣ノ内城

緑町バス停が最寄りになりますが、2つ手前の甲佐止まりのバスでもそれほど離れてはいないので利用できます。甲佐小学校の先の国道を渡って県道を200〜300m歩くと徒歩での登城口への案内表示があります。左に曲がって100mほど歩くと今度は右に折れて徒歩15分との表示があり、ここから登ります。

前記の県道から曲がったところで車に道を譲ってから、徒歩で登城口から登り出したところ、道を譲った車を運転していた方が走って追いかけてきました。なにかと思えば、上に置いてあるリーフレットが切れているからと自宅から持ってきてくれました。

主郭では農家の方が草刈りをされていましたので邪魔にならないようにゆっくり一周。空堀はなかなかの深さです。リーフレットを持ってきてくれた方は「何もありませんよ」とおっしゃっていましたが、そんなことありませんよ。

2022年05月01日 三上右近衛中将
陣ノ内城



堅志田城跡から歩いて、徒歩75分かかりました。城跡というよりハイキングコースという感じでした。

2022年05月01日 戦国一番星
陣ノ内城跡駐車場[陣ノ内城  駐車場]

陣ノ内城跡駐車場です。城跡は目と鼻の先です。

2021年06月18日 一寸榎肥後守
陣ノ内城



陣ノ内館が陣ノ内城として今秋に国史跡として指定される見通しとなりました。

1980年に陣ノ内館跡として町文化財に指定され、中世の阿蘇氏館跡とされていましたがその後の測量、発掘調査で空堀や土塁で囲まれた大規模な城郭で構造が豊臣系の城郭と共通していることが判明して小西行長がもともとあった阿蘇氏の拠点に城郭を築いたとの見方が強まり国指定史跡の指定となったそうです。

遺構は幅20メートルの空堀が400メートルに渡って残りその内側に高さ5メートルの土塁があり見応えがあります。

陣ノ内城の周辺スポット情報

 陣ノ内城跡駐車場(駐車場)

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