須木城(すきじょう)

須木城の基本情報

通称・別名

鶴丸城

所在地

宮崎県小林市須木大字下田字唐池(城山公園)

旧国名

日向国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

肝付兼重、米良氏、島津氏、宮原氏(島津氏家臣)

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪[松尾城・荒神城・肥田木城]、土塁、堀切、石垣

指定文化財

再建造物

周辺の城

小林城(宮崎県小林市)[11.7km]
野尻城(宮崎県小林市)[13.1km]
高原城(宮崎県西諸県郡)[16.1km]
紙屋城(宮崎県小林市)[16.3km]
綾城(宮崎県東諸県郡)[17.3km]
飯野城(宮崎県えびの市)[20.3km]
小川城(宮崎県児湯郡)[22.4km]
八代城(宮崎県東諸県郡)[22.8km]
高岡城(宮崎県宮崎市)[23.2km]
加久藤城(宮崎県えびの市)[24.6km]

須木城の解説文

伊東48城の1つであった須木城址は、国道265号に沿う麓地区の後背地にある。典型的な中世の城であり、天守閣や本格的な石垣は造らず、シラス台地を切り掘りし、平坦地を造成して城を造っている。伊東氏時代の城主は米良筑後守【米良重方 天文3年(1543)~元亀3年(1572)】であった。

概要
須木城址は、戦国時代の特徴を持つ城壁が周囲4㎞を取り巻く要害の地に築かれた山城である。大きく5つの郭(堀で区切られ、平坦に造成された空間)から構成されている。『日向地誌』によれば、そのうちの3区画は、西南に位置する郭を「本丸(松尾城)」、その東に位置するのを「荒神城(庚申城)」、その北に位置するのを「肥田木城」と呼んでいる。

歴史
築城の年代は不明であるが、延元年間(1336~1340)に南朝の臣、肝付兼重が須木城にたてこもったといわれており、その歴史はかなり古いものと思われる。

構造
また、この城は洲山、おどの、鳶の巣、小城等の出城を持つとともに、本城の備えとして、北西方面は蛇の口から目関蛇まで本庄川の岩壁、東南方面は目関蛇と冷水の湿田に囲まれ、唯一南西だけが蛇の口まで約300mの間が陸路となっている。したがって、須木城周囲の4分の3が人馬を寄せ付けない自然の要害となっていたのである。

一説に、この城の守護神は大蛇であるとも言われている。

提供:小林市教育委員会

須木城の口コミ情報

口コミがまだ投稿されていません。

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore