紙屋城(かみやじょう)

紙屋城の基本情報

通称・別名

所在地

宮崎県小林市野尻町大字紙屋字城原

旧国名

日向国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

紙屋氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

紙屋氏、米良氏

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

市史跡(紙屋城第二の空堀跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

綾城(宮崎県東諸県郡)[7.4km]
野尻城(宮崎県小林市)[9.0km]
高岡城(宮崎県宮崎市)[9.5km]
穆佐城(宮崎県宮崎市)[12.6km]
田野城(宮崎県宮崎市)[15.3km]

紙屋城の解説文

紙屋城(かみやじょう)は現在の宮崎県小林市野尻町(旧西諸県郡野尻町)にあった山城。

概要
伊東四十八城の一つ。

城は、南北に伸び北側以外が険峻なガケに挟まれた要害の地に建てられ、S字型の連郭式山城で5つの郭と10にも及ぶ濠があった。

北側から1〜3段目の濠は東西の谷を結び人工的に作られたものであるが、それ以外は天然の地形を利して最小限の普請で作られている。
北側から5段目と6段目の濠の間に鐘撞堂が存在し、6段目と7段目の濠の間にあった4番目の郭が本丸に該当した。

2段目の濠跡が、昭和63年(1988年)3月8日に野尻町文化財に指定されている。

歴史
築城年代は不明、築城者は紙屋氏であるという。

天正5年(1577年)12月7日、伊東氏家臣で野尻城の城主・福永祐友が島津氏に寝返ると、紙屋城主で祐友の縁戚であった米良主税助もこれに呼応したため、その翌日に紙屋城も島津氏の城に帰した。

元和元年(1615年)の一国一城令により廃城。

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