勝本城(かつもとじょう)

勝本城の基本情報

通称・別名

風本城、武末城、雨瀬包(あませかね)城

所在地

長崎県壱岐市勝本町坂本触750(城山公園)

旧国名

壱岐国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

松浦鎮信

築城年

天正19年(1591)

主な改修者

主な城主

本多正武

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(勝本城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

亀丘城(長崎県壱岐市)[11.1km]
名護屋城(佐賀県唐津市)[39.1km]
大島城(長崎県平戸市)[43.4km]
日本山城(長崎県松浦市)[48.4km]
唐津城(佐賀県唐津市)[51.5km]
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平戸城(長崎県平戸市)[54.9km]

勝本城の解説文

勝本城(かつもとじょう)は、安土桃山時代に現在の長崎県壱岐市勝本町坂本触に築かれた城である。別称風本(かざもと)城・武末城・雨瀬包(あませかね)城。

概要
豊臣秀吉が文禄・慶長の役に際して本陣の名護屋城から朝鮮への経由地となる壱岐と対馬に兵站基地となる城を築くことを命じ、壱岐においては島の領主である松浦鎮信が主に築城にあたることになった。1591年(天正19年)夏から工期約4ヶ月というごく短期間に築かれ、文禄・慶長の役を通じ利用された。

1598年(慶長3年)に秀吉が没し朝鮮から撤兵した後は建物は取り壊され、現在は勝本港を望む城山の山頂部に本丸跡の石垣や礎石群が残されており、城山公園として整備されている。公園内に城山稲荷神社が鎮座しており、本丸跡からは勝本小学校の先に勝本港、若宮島、辰の島、名烏島などが見える。

アクセス
壱岐交通バス「城山」バス停下車、徒歩5分。

勝本城の口コミ情報

2019年12月04日 虹雷 勘解由長官 サンダー
勝本城

博多港からフェリーで郷ノ浦港へ2時間20分で壱岐、郷ノ浦港へ。
郷ノ浦港からはレンタルの電気スクーターで勝本城へ約40分、地元の食堂で美味しい刺身定食をいただき、聖母宮、壱岐風土記の丘、住吉神社に立ち寄り、計約3時間30分。
思ったよりかなりいい状態の石垣があり、景色も良く、楽しめます。
帰りは郷ノ浦からジェットフォイルで博多港へ1時間10分。
郷ノ浦港の観光案内所、とても親切で安心して相談出来ます。やはりレンタカーが便利かな…一泊すれば、バス利用でもゆっくり行けそうです。

2019年12月04日 虹雷 勘解由長官 サンダー
聖母宮 石垣[勝本城  寺社・史跡]

勝本城の麓にある聖母宮。お宮の門は、朝鮮出兵の折に、加藤清正公が寄進したと言われてるそうです。また付近に残る立派な石垣もその際に造られたそうです。海のそばですが、とても保存状態がいいです。


2019年12月04日 虹雷 勘解由長官 サンダー
諏訪の御柱[勝本城  関連施設]

勝本は、松尾芭蕉の『奥の細道』の旅に同行した弟子。蕉門十哲の一人とされる河合曾良の終焉の地。旧勝本町と諏訪市が河合曾良の終焉の地と生誕の地としての縁で諏訪の御柱を壱岐に譲り受けたそうです。

2019年05月29日 笑門来猫@上洛
勝本城



港から山道を少し登った先に現れる大石垣。壱岐にこんな石垣の城があるとは思いませんでした。興奮〜。

2017年07月24日 大隅守
勝本城

2年前の正月に行きました。
フェリーターミナルからレンタカーを借りて行きました。
北へ約20分走る(壱岐島の北の端)と
左手に城山公園入り口があります。
公園は駐車場があります。
城事態は小振りながらも
石垣が残ってます。

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