角牟礼城(つのむれじょう)

角牟礼城の基本情報

通称・別名

角埋城

所在地

大分県玖珠郡玖珠町大字森大字太田

旧国名

豊後国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

森朝通

築城年

弘安年間(1278〜1288)

主な改修者

毛利高政

主な城主

森氏、毛利氏(藤原氏)、久留島氏

廃城年

慶長6年(1601)

遺構

曲輪、石垣、土塁、竪堀、虎口、井戸

指定文化財

国史跡(角牟礼城跡)

再建造物

説明板

周辺の城

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日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)192 角牟礼城

設置場所

豊後森藩資料館[地図
くすまちメルサンホール[地図

角牟礼城の解説文

角牟礼城(つのむれじょう)は、大分県玖珠郡玖珠町の角埋山(つのむれやま)にあった山城。弘安年間(1278年 - 1288年)に森朝通により築かれたとされる。国の史跡。

沿革
玖珠盆地は平安時代から玖珠郡衆によって支配されていたが、角牟礼城は、弘安年間(1278年 - 1288年)に玖珠郡衆の森朝通により豊後国から豊前国に抜ける交通の要衝に位置し、天然の要害である角埋山(576メートル)に築かれたと伝えられる。ただし、史料においてその存在が確認できるのは、文明7年(1475年)が最初である。

その後、戦国時代には、豊前の大内氏と豊後の大友氏との争いを背景により堅固に補強された。天正14年(1586年)の島津義弘による豊後侵攻の折には、玖珠郡衆が籠城したが、島津軍の攻撃にも落城することはなく、難攻不落の城として名を高めた。

文禄3年(1594年)から慶長5年(1600年)にかけて、日田の毛利高政が玖珠の拠点として角牟礼城を整備した。しかし、慶長6年(1601年)に来島長親が入封し森藩が立藩されると、来島氏が城主の格式を有さなかったため角牟礼城は廃城とされ、山麓に陣屋が置かれた。

2017年(平成29年)、続日本100名城(192番)に選定された。

構造と遺構
角牟礼城は、毛利高政によって、中世の山城から石垣や櫓門をもつ近世の城郭に作り変えられたとされ、その遺構からは中世の城郭から近世の城郭への移行の様子をうかがうことができる。

角埋山の頂上から本丸、二ノ丸、三ノ丸の順に配置され、伝搦手門跡には穴太積み(あのうづみ)とも呼ばれる野面積みの石垣が残っている。これは、安土城にも見られるという近世の山城の特徴であるという。

アクセス
大分自動車道玖珠インターチェンジより国道387号経由。三の丸跡まで車が入る。

角牟礼城の口コミ情報

2020年10月25日 りんちゃ
角牟礼城



三ノ丸までの道、狭くて木の枝や石がゴロゴロしてました。安全運転で!さすがに石垣は年輪を感じますね。

2019年09月03日 フー甲斐守
末広(三島)神社[角牟礼城  寺社・史跡]



関ヶ原で西軍についた大三島久留島(来島)家が福島正則のとりなしで立藩した森藩の陣屋。角牟礼城を廃して二心ない事を示した後、神社の修復として石垣等を設置。まさにお城です。
又、石灯篭は自然石では日本一だとか

2019年09月01日 フー甲斐守
角牟礼城

追加情報
続100名城スタンプは豊後森藩資料館にありますが、こちらの方は非常に親切に角牟礼城の事も含めてご説明頂けます。時間がある様でしたら、お立ち寄りされては如何でしょうか。
私はスタンプしてませんが、1時間程聞き入りました(笑)

2019年09月01日 フー甲斐守
角牟礼城



三島公園から焼不動を超えて二の丸下に出るルート(現在は焼不動から二の丸下には虎ロープで閉鎖されており行けなくなっています。踏み越えられそうですが、判断は自己責任で)は見事の一言ですが、経験者コースかと思います。倒木が道を横切ったり、ルート表示がなくなっていたりで方向感が次第になくなるかと思います)。私も焼不動から一旦三島公園に戻りましたが、途中数度間違えそうになりました(笑)
三ノ丸には駐車スペースがあるので、私はそちらに移動して本丸にはそこから登りました(^o^)
現地情報は事前にお調べになる事をお勧めします。

2019年05月06日 カタカタ
角牟礼城

角牟礼城のある玖珠町は、童話の里とのことで、こどもの日には日本童話祭なるものが開かれるようです。普段は車で走れる道は通行止めになり、駐車できる場所は近くにありません。登城 はできますし、スタンプも押せますが、とにかく歩きます。


2019年02月09日 鍋島隠岐守
角牟礼城

現在、整備されております。三の丸に現場事務所があり、作業車などありますが、数台は駐車可能です。しかし、三の丸の石垣を撮影するのは、車が邪魔で苦労します。
天然の要塞らしく、岩と穴太積みの石垣がマッチした場所もありますので、必見です。
スタンプは、資料館(2階)にあります。職員の方が対応されます。かなりの知識人ですので面白い話が聞かれますよ。

2018年10月25日 兵部卿PINKGIN
角牟礼城

豊後森駅からタクシーで三の丸跡まで登りました。料金は約1,500円でした。帰りは、わらべの館まで徒歩そこからのタクシーで豊後森駅まで約1,000円でした。

2018年08月13日 大納言織田晃司
角牟礼城

三の丸まで車で行けますが、他県からの来訪者には分かりづらいので三島公園の駐車場に停車歩いて登城しました。
(国道にある角牟礼城の案内も三島公園を案内してます)

約30分位で穴太積みの二の丸に到着。

樹木が日射しを遮りますが夏の登城には水分は必須です。
やぶ蚊対策と蛇に注意してください。
登城中メーター級のアオダイショウに遭遇しました。

2018年05月03日 徳g図書頭[S15]]]
角牟礼城

毎年、5月5日は日本童話祭という町の一大イベントの為に三島公園(メイン会場)へ至る道は交通規制があります。
三ノ丸の駐車場へは43号(八幡方面)を経由しないと行けません。
その為、スタンプを置いている三島公園内にある「わらべの館」直近の駐車場には車が停められません。
玖珠川の協心橋下の駐車場に車を停めて、メイン会場近くまでバス(童話祭の為随時往復しています)移動となります。


2017年10月27日 徳g図書頭[S15]]]
角牟礼城

この城を訪れる際は、晴天が続いた後が宜しいかと。それでも、穴太積みや本丸への道は何とかなりますが、雨などで足場が悪い時には"森の小径"(焼不動)方面は自粛された方が良いと思います!かなり滑ります。

2017年05月27日 徳g図書頭[S15]]]
角牟礼城

直接城跡(続百名城)に行かれるのであれば皆さんの書かれている通りに!

麓からなら
三島公園に駐車場があります。トイレも綺麗です。

そこから、機関車の横を抜けて久留島庭園を堪能。庭園の右側にある御長坂を石垣を見ながら登り栖鳳楼を左手に見ながら道なりに。
左右の石垣を見ながら真っ直ぐ進み下り階段を下りて清水御門(の上の石垣もチェック)、丸木御門を堪能(常夜燈も)。
来た道を戻り末広神社へ。鞘堂の紋になるほどと頷き鎮西為朝ゆかりの石を見ます。
(建前では、城の為の石垣ではありません。を、嘘やろうと言いながらご堪能下さい)
体力のある方は神社右手奥の道を登ると城跡に。でない方は車で三の丸駐車場に。

城跡は熊本、大分地震の影響を受けています。危険な箇所もありますので、くれぐれも安全に!でお願いします。


2017年05月08日 五瓜ニ唐花紋左大臣や~きみ
角牟礼城

三之丸迄車でいけます。
町から城に行くまで古い町並み城下町があります。
城下町抜けて車で走ると暫く田畑が続き林道を走り城になります。
駐車場は三之丸に停める感じになります。
あんまり、観光客が来る感じではない場所でした。
三之丸には石垣があります。


2016年04月02日 尾張守だもんで
角牟礼城

麓から三の丸跡まで車で登れます。修復整備中なので作業車がたくさん停まっていました。三の丸から歩いてすぐにハイライトの穴太積み石垣です。そこから10分ほどの主郭からの眺望がとてもよく、奇形の大岩扇山や城下町を一望できます。

2014年11月13日 中務少輔きたろう三世
角牟礼城

三ノ丸まで車で行くことができるが、麓から、久留島陣屋→末広神社→城址→搦め手→久留島陣屋のルートがお勧め。途中、多少の坂や鎖場があるが、島津軍を撃退した山城が堪能できる。

また、久留島陣屋のみごとな庭園や、どう見ても城にしか見えない末広神社の石垣も見応えがある。

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