一ツ戸城(ひとつどじょう)

一ツ戸城の基本情報

通称・別名

一つ戸城、中間城

所在地

大分県中津市耶馬溪町大字宮園字一ツ戸

旧国名

豊前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

中間氏?

築城年

建久6年(1195)

主な改修者

細川氏

主な城主

中間氏

廃城年

元和元年(1615)

遺構

曲輪、石垣、堀切、堅堀

指定文化財

市史跡(一ツ戸城址)

再建造物

説明板

周辺の城

長岩城(大分県中津市)[8.2km]
白米城(大分県中津市)[9.0km]
城井谷城(福岡県築上郡)[14.4km]
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永山城(大分県日田市)[16.0km]
日隈城(大分県日田市)[17.8km]
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日出生城(大分県玖珠郡)[18.9km]
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一ツ戸城の解説文

歴史
戦国期は、在地領主中間氏の居城。中間氏は黒田氏入部時、その傘下に入る。黒田氏の1600年の筑前転封に伴い同地を去る。城跡には、次に入国した細川氏により石垣作りの近世城郭に改修されたと現在理解されている。築城時期不明。

遺構の残存状況
城域は幅20m、長さ200m程の山頂部と、集落に近い二ノ丸に展開している。山頂部の遺構は、本丸や複数の郭、伝大手門跡がある。郭の斜面に廻す石垣をみることができる。大手門の石垣は鏡石を伴う立派な遺構である。二ノ丸から本丸にいたる坂には石段が構築されている。二ノ丸付近にも石垣が構築されている。細尾根の法面に施されたもので、一部北部九州豪雨により崩落した。

情報提供:中津市教育委員会社会教育課

一ツ戸城の口コミ情報

2021年07月29日 【✾】遮那王豊前守牛若丸
下城[一ツ戸城  周辺城郭]

「大分の中世城館」によると、一ツ戸城の出城として築かれた城のようです。

2021年05月26日 【✾】遮那王豊前守牛若丸
松ヶ岳城[一ツ戸城  周辺城郭]

「日本城郭大系」には、この古城跡を眺望絶佳の地として紹介していました。

2020年12月31日 征夷大将軍慶誾尼☆寧
一ツ戸城



今年の城納めはココにしよう!!と選んだのが一ツ戸城…耶馬溪もまだ雪の話も聞かないのでこの時期に行っとくかぁ〜♪と212号を鼻歌まじりに車を走らす…着いたら早速『鳥獣防護柵』が迎えてくれた…えっ?『イノシシとシカ』って書いてあるし〜でも『クマ』じゃなければいけそうじゃね?って、『イノシシとシカ』は大丈夫やろ!と言う根拠のない自信が満ち溢れて来るんですが…城山頂上まで800Mの案内板、なだらかな坂道を小走りで駆け上がるあたし。300m行けば現実に打ちのめされます凹登山道入り口城山頂上まで500Mの看板横には、無手入れの急斜面がこちらを睨んでます。いやいやいや、ココにオンナ子どもは1人で入っていけんやろって〜山の経験もないし〜靴は観光用運動靴やし〜携帯の電波も圏外やし〜怖い〜

2020年01月02日 へこ
一ツ戸城



アクセス情報。
アクセスは国道216号線の一ツ戸トンネルの上。大分交通バスの一ツ戸バス停近く。
トンネル中津側出口に神社があり、神社下に登城できる林道がある。林道はイノシシ対策で閉じられていますが、人手で開けて入れるのでこから入る。車も200メートルくらいは行けるのでフロントバンパー20センチくらいあれば入れます。奥でUターン可能。登城道は幟があるので間違いなくいけます。
最後出るときは柵を必ず閉めましょう。

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