高屋城(たかやじょう)

高屋城の基本情報

通称・別名

矢部山城

所在地

福岡県八女市矢部村矢部字城山

旧国名

筑後国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

栗原氏

築城年

南北朝時代以前

主な改修者

主な城主

栗原氏、五条氏

廃城年

天正15年(1587)

遺構

曲輪

指定文化財

再建造物

周辺の城

隈部館(熊本県山鹿市)[10.2km]
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日隈城(大分県日田市)[21.5km]

高屋城の解説文

矢部山城(やべやまじょう)は福岡県八女市に存在した日本の城(山城)。

概要
矢部川と御側川の合流点南西の、標高642.5mの城山山頂にあった。麓からの比高は約320mで、肥後国の菊池方面や豊後国津江方面に通じる要衝だった。東へ約1.6kmの地点に栗原城、北方約1kmにアイノツル城があった。

当城の城主だった栗原伊賀守らは正平年間に護良親王に供奉してきた五条良氏を大将として招き、その執事となった。また、五条良遠が当城を築いたともいう。五条氏は南北朝時代は一貫して南朝に付き、その後は永正年間頃まで菊池氏、永正以降は大友氏の傘下に入っていた。天正15年(1587年)の九州国分で、浅野長政によって当城は破却を命じられた。城主の五条鎮定は筑紫広門の与力となり、当地を離れている。

参考文献
角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(40.福岡県)』、角川書店、1988年
日本歴史地名大系 (オンライン版)

高屋城の口コミ情報

2020年09月30日 こにゃんこ武将
高屋城

まんま山です。装備は重要です。登山靴と軍手があれば楽しくリア攻ができると思います。近くの役場の駐車場が登山者に解放してありますので、そこから出発し、目の前の廃校横を抜けると攻略ルート入口となりますが、案内板は城山となっています。ルート途中にも一つ案内板がありましたが、涙をさそう佇まいで見落としとクモの巣には細心の注意を払うべきかと。山頂の本丸跡には遺構のようなモノはありません。しかしリア攻めの達成感は抜群だと思います。

2011年04月16日 筑後守もんど
高屋城

八女市の矢部支所より遠景で見えます。
ここから正面へ道が有るそうですが分からなかったです。
搦め手から攻めるには一旦下り最初赤橋を左へ左へと入って行きソウミという集落から保全道路を1キロぐらい歩きます。
遺構は工事があったためよく分かりませんでした、


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