高祖城(たかすじょう)
高祖城の基本情報
通称・別名
- 高祖山城、原田城
所在地
- 福岡県糸島市高祖
旧国名
- 筑前国
分類・構造
- 山城
天守構造
- 不明
築城主
- 原田種継
築城年
- 建長元年(1249)
主な改修者
- -
主な城主
- 原田氏
廃城年
- 天正15年(1587)
遺構
- 曲輪、石垣、土塁、堀切、竪堀
指定文化財
- -
再建造物
- 碑
周辺の城
-
怡土城(福岡県糸島市)[1.1km]
飯盛山城(福岡県福岡市)[3.0km]
元寇防塁(福岡県福岡市)[5.6km]
小田部城(福岡県福岡市)[6.3km]
曲渕城(福岡県福岡市)[6.4km]
雷山神籠石(福岡県糸島市)[7.1km]
姪浜城(福岡県福岡市)[7.4km]
北浦城(福岡県福岡市)[8.6km]
荒平城(福岡県福岡市)[8.7km]
柑子岳城(福岡県福岡市)[8.8km]
高祖城の口コミ情報
2025年03月25日 毛利家の右衛門督末裔
高祖城
登山道入口の高祖神社が重要文化財になったのもあり高祖山へ訪れる人が増えたように思います。また、その影響か遊歩道にキレイな木のベンチやテーブルが置かれて散策しやすくなっています。
城の遺構そのものはあったかな?というくらい。そういった区画で当時を想像するのも面白いですね。
2025年03月16日 龍馬備中守【】
舞岳城[高祖城 周辺城郭]
福岡県糸島市の前原にある【舞岳城】♪
周りは宅地開発によりかつての形状は判りません。現在は笹山公園として、高台(標高74m)を残すのみとなります。糸島市のほぼ中央で、雷山川流域、やや微高地(雷山から北に伸びる尾根、のほぼ先端部?宅地化が進みイマイチ形状不明)に立地した中世の山城となります♪
このエリア(糸島)は縄文時代の遺跡から、弥生時代の寺浦遺跡や弥生・古墳時代の遺跡など、史跡が多く残ります♪
3世紀の様相を伝える『魏志倭人伝』には伊都国(糸島に比定されている)として栄えたとあり、7世紀頃には、雷山に雷山神籠石が築かれ、防備されています♪
糸島には怡土荘を初め、原田荘・長野荘・板持荘・船越荘などの荘園が交錯しています♪当町域がどの荘域に相当するか?は分かっていませんが、ほぼ怡士・原田両荘に含まれていたと推定されています♪
そんな怡土荘は、平安末期には法金剛院領として現れ、その後、法金剛院との近縁関係から、仁和寺が荘務を執行しています♪
日宋貿易に関心を示した中央権力の力が働いているのは、この寺領から読み解く事が出来ますね♪更に、現福岡市西区に属する今津(元寇防塁がある所)なんかも、怡土荘を背景とした、貿易港でありました♪
中世、前原は戦国期には見える地名で、筑前国は志摩郡の内となります♪この地名が出てくる由比文書では『前原荻輔(浦ヵ)の以上公 社米御立候』とあり、前原が荻輔を含む地域地名であると言う事くらいしか、出てきません。とただ、前原を含むこの地を領したのは、高祖山城を本拠地とした原田氏が知られています♪
さてこの舞岳城ですが、詳細は不明です。
原田氏が居城する高祖山城の属城として、永禄年間(1558年〜1570年頃)には波多江鎮種が居城したと伝わり、その後は原田氏の家老である笠次郎繁種が入ったとされます。
この波多江氏についてですが、『波多江旧記』には、天永2年(1111年)大蔵(美氣)種房がこの地を賜り、筑後国にあって篠原辺りを領していますが、正治2年(1200年)その子孫の大蔵種貞が、篠原の西岳という場所に山荘を構えたとされます♪そして後に波多江姓を名乗ったと伝わります♪この山荘を構えた場所が、波多江氏の屋敷であると伝わり、篠原城または、繋の城と呼ばれた場所(糸島高校付近)で、付近は波多江氏発祥の地であります♪
波多江氏は原田氏一族であり、元を辿ると大蔵一族で、この大蔵一族は武蔵七党の一派です♪更には後裔として、原田氏、秋月氏、江上氏、小金丸氏、三原氏、田尻氏、高橋氏、日田氏、大倉氏、比志島氏、小山田氏、満生氏が同族となります♪九州でも聞いた事のある武将方の、大元なのであります♪
2023年11月04日 龍馬備中守【】
波多江遺跡[高祖城 周辺城郭]
福岡県の糸島市にある【波多江遺跡】♪波多江丹波守館とも呼ばれます♪糸島市にある中世の城館跡です♪今は家が立ち周囲は田んぼといった長閑な風景が広がります♪この居館の周りには、過去の発掘調査から掘立て柱の跡や、居館を囲う様に方形型の濠跡が検出されています♪
今は埋め戻されてて、その遺構は見る事は叶いませんが、この濠跡からは、鬼瓦や木製の杓子、更には火縄銃の鉛玉等が発見されています♪
このエリアの平野部にもヤハリ、中世城館跡は幾つか検出されていて糸島では波多江、潤で確認さています♪また泊、篠原、浦志にも同様の居館跡が見つかっています♪
糸島の集落毎に居館跡が、あったという訳ですね♪
ピンと来る方はもうお分かりかもしれませんが、この領域は吉備真備が築城したとされる、怡土城があります♪古代の城郭として築いたこの城郭を改修し、使用したのは、高祖山城を本城とした、原田氏です♪
この波多江丹波守館はその名前の通りに、波多江丹波守種利が築いたとされています♪
波多江氏は原田氏の流れを汲む武士であり、原田氏の家臣だったのでしょう♪
居館跡は現在も民家になっていますが、波多江姓の方が住んでいらっしゃいます♪
今も、祖先の地を守る☆素敵な事ですね♪
2019年12月17日 虹雷 大宰大弐 サンダー
高祖城
車を高祖神社さまの駐車場に、お参りしたあと、登山道から頂上の高祖城跡へ。
いきなりかなりハードで本格的な登山道、大きな岩がゴロゴロした険しい道を約50分ほど登ると、下ノ城址。
それから10分ほどで標高415mの頂上、上ノ城址に。
途中に礎石群などはありますが、その他にわかりやすい遺構は少ないです。ただ頂上からは糸島方面の絶景が広がります。往復90分程、出来ればトレッキング用の靴とストックもあれば少しは楽に登れそう。革靴では危険です。
高祖城は古代の怡土城址の遺構を利用してつくられたそうです。怡土城址の遺構を廻る登山コースもあるようです。
2018年05月15日 カーネル
高祖城
筑肥線周船寺駅から
糸島市コミュニティバスに乗る。・・・つもりがバス停がわからず、駅から西に進み、県道56号を南下して、次のバス停から乗車しました
ちなみに、周船寺駅のすぐ北にある川を渡り、左折したところに駅前のバス停はあります
高祖バス停で下車し、進行方向先の信号で左折して高祖神社を目指す。信号の先には怡土城の説明板などがあります
高祖神社で参りしたら、境内から出て今まで歩いてきた舗装路に戻り、坂を登って先へ進みます。すぐに舗装路が終わり、左にある登山口から登る
この日は大雨で山道が小川のように水が流れていたので、躊躇しながら登る始めると、町内放送で「大雨なので注意してください」という放送が入る
ちなみに傘をさしてスーツで行きました
登ると、一ノ坂礎石群に出てます。さらに登ると尾根が分岐になっていて、ここは下ノ城址の案内があります。右に200mほど進むと高祖山の山頂で、上ノ城址です。遺構はよくわからず
2012年08月26日 アヴァンシア琉球守xoxo
高祖城
バスも有りますが、車で行くのが一番いいと思います。
麓の高祖神社に無料駐車場が有りそこから近くに登山口が有ります。