曲渕城(まがりぶちじょう)

曲渕城の基本情報

通称・別名

曲淵城

所在地

福岡県福岡市早良区曲渕

旧国名

筑前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

曲淵氏助

築城年

不明

主な改修者

主な城主

曲淵氏

廃城年

遺構

曲輪

指定文化財

再建造物

説明板

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曲渕城の解説文

曲渕城は、元亀・天正年間(1570年~1592年頃)にこの地方を治めた曲渕河内守の居城である。

『筑前国続風土記』などによると曲渕河内守はもともと鍛冶屋であったが、戦国の動乱の中で曲渕城主となったとされる。

城跡は現在、曲淵神社となっている。

曲渕城の口コミ情報

2023年05月26日 源越中守@ポンコ2…
曲渕城



国道263号線南側の城址に建つ山神社鳥居前に駐車スペースがあります。この鳥居の石額の山神社は、かつての総理広田弘毅の揮毫だそうです。

鳥居前には、案内板や石碑、山神社の元の位置がダム湖になる前に神社遷移と一緒に移されたと思われる手水鉢などがあります。鳥居から曲輪までは、二つの目の鳥居をくぐりながら、急勾配の石段134段を上っていくことになります。
境内は、案内板にあるように東西15間(約27m)×南北20間(約36m)の広さで上段・下段の2段構成、上段に拝殿があり、こまめに清掃されているようでした。ここにも一緒に移ってきたと思われる複数の石造物があります。
拝殿の裏(南側)に土塁が、その土塁の外側(南側)はかなりの高低差がある堀切が残っています。また、この堀切を近くから見上げたい場合は、駐車スペースそばの鳥居前を流れる清流の八丁川沿に歩くと見ることができます。

筑前と肥前の境目の城址の面影を感じられました。
曲渕城口コミ一番槍。

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