直方陣屋(のおがたじんや)

直方陣屋の基本情報

通称・別名

直方城

所在地

福岡県直方市山部

旧国名

筑前国

分類・構造

陣屋

天守構造

なし

築城主

黒田長清

築城年

元禄元年(1688)

主な改修者

主な城主

黒田氏

廃城年

遺構

移築門(西徳寺)

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

鷹取山城(福岡県直方市)[5.9km]
鹿毛馬神籠石(福岡県飯塚市)[7.2km]
畑城(福岡県北九州市)[7.5km]
猫城(福岡県中間市)[8.7km]
笠木城(福岡県宮若市)[9.8km]

直方陣屋の解説文

直方陣屋(のおがたじんや)は福岡県直方市山部にあった藩主居館跡。

本藩の福岡藩に福岡城がすでにあり、1国1城令により支藩である直方藩は城が持てなかったため、陣屋造りの館を建設した。

概要
市街地の西の丘上にあり、通称御館山(おたてやま)と呼ぶ。直方藩後期の藩主居館跡。陣屋造りで約50間四方ほどの規模であり、当時は、直方新館などと呼んだ。南の丘下には堀と表門・横門を開く。

跡地は住宅化して、堀跡のほかはほとんど痕跡を留めない。また、市内山部の西徳寺の山門は、藩主居館からの移築と伝えるが、どの門であるかは不明。また、隣接する市立体育館横に民間団体が建てた「直方城址」の石碑があるが、表示が間違いであるのはいうまでもなく、位置も異なっている。

資料として、間取りや周辺地形を描いた「直方御館絵図」、および規模を書いた「直方御曲輪諸口間数記」がある。

出典
「長崎街道 歴史の道調査報告書第1集」平成15年3月、福岡県教育委員会発行

情報提供:直方市教育委員会

直方陣屋の口コミ情報

にゃにゃーにょ豊後守さん[2017年05月20日]
直方陣屋は、江戸時代に一時期存在した福岡藩の支藩じゃ。
陣屋は「御館(おたて)」と称されておったそうじゃ。

JR筑豊本線(福北ゆたか線)直方駅の西口から見える「西徳寺」の山門は、直方藩が福岡藩に吸収された享保五年(1720)以降に御館から移築された薬医門で、現存する唯一の遺構なのじゃ。

「直方城址」碑は、西徳寺から500m程南の御館山(多賀公園)の西側道路沿いに解説板と共にあるのじゃ。
直方市体育館を目指すとわかりやすいかのう?
他に体育館の南側と、線路の東方にある新町北公園にも解説板があるぞい。


★黒田長政の四男高政が元和九年(1623)に東蓮寺藩を開き、陣屋は現在の殿町にある双林院辺りにあったそうじゃ。

東蓮寺を「直方」に改名したのは三代長寛(綱政)の頃じゃ。
長寛は後に福岡藩主を嗣いだため一時藩主不在となるが、弟の長清が四代藩主となり居館を御館山に移したのじゃ。
その後長男の継高も福岡藩主を嗣いだため、長清が没すると共に直方藩も廃藩となったのじゃ。

☆近くに多賀神社や直方市石炭記念館などもあるので、その際に寄ってみてはどうかのう♪

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