大除城(おおよけじょう)
大除城の基本情報
通称・別名
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所在地
- 愛媛県上浮穴郡久万高原町菅生3
旧国名
- 伊予国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 河野氏
築城年
- 文亀元年(1501)
主な改修者
- -
主な城主
- 河野氏、大野氏(河野氏家臣)
廃城年
- 天正13年(1585)
遺構
- 曲輪、石垣、堀切
指定文化財
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再建造物
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周辺の城
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千里城(愛媛県伊予郡)[9.7km]
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松山城(愛媛県松山市)[22.5km]
由並城(愛媛県伊予市)[23.4km]
大除城の口コミ情報
2024年01月25日 尼崎城駿河守一口城主
大除城
[登城編]1月6日、愛媛県久万高原町の大除(おおよけ)城に登城(山)。標高694mの山城ながら比高150mで登山口まで辿り着ければ登山道も歩きやすく(写真①)登りやすい山城でした。登っていくと山中の郭3に説明板(写真②)があり、郭3からさらに上の山頂部を目指してみました。山頂部からお世話になった久万高原町を眺めようと思っていたものの三角点付近は写真③の通りで周囲の風景を見渡すことが出来ませんでした🥲方針転換で標高694mからの空を見上げて(写真④)好天に感謝。
下山時は説明板🪧(写真②)に『彦根城など全国的に数例しかない珍しいもの』と書かれていた登り石垣(写真⑤⑥)を見学。登山時に見落としていた堀切も縄張図から位置関係を確認して撮影(写真⑦)。堀切は一回見ただけでは木が乱立しているだけのように見えますが平行に2本倒れている木の中央下部に窪みがあり、よく見るとV字(U字)に掘られており堀切になっているのが分かりました。
帰路、登山口から国道33号(土佐街道)方面へ下る際にも山城を東側から撮影(写真⑧)。写真⑧から見た山城の8、9号目より下には木があまりなく景色が見渡せそうな場所だなぁと思われました。口コミを書きながら写真②の説明板をよく読んだら説明文の2、3行目に『土佐街道の側で久万盆地を見下し、一望できる場所に位置している』とちゃんと書かれていました🪧説明板を撮るだけ📷でよく読んでいなかったことに反省です🙈
2024年01月25日 尼崎城駿河守一口城主
大除城
[進軍&下城編]1月6日、国道33号を久万高原町役場方面から松山方面に徒歩で向かっている道中、<近世土佐街道(三坂峠越え)>(写真①)の看板を見かけ進行方向に大除(おおよけ)城跡があることを発見💡あまり土地勘がなく久万高原は松山からもっと離れていると思っていましたが看板を見ていると大徐城は7里(約28㌔)弱位の距離とあり、思っていたよりも近いことが分かりました🤔写真②の看板右側に見える山が山城であることが分かり撮影⛰写真③の案内板の中央やや左に書かれている仰西バス停🚏付近から山城方面への道に入ると大除城の案内板(写真④:全体/写真⑤:説明文ズーム)があり、比高約150mとあったのでリア攻めに挑戦してみました🥾(案内板付近にはトイレ🚻がありました。※山城にはなし)最近は近くにお城や城址があったら『そこに城があるから』という登山家のような気分になり可能な限りリア攻めを目指したくなってきています😅
案内板の地図に従って、山城周りを半周して背面から回り込むようなルートで進みました。緩やかな坂道を延々と歩くこと約20分で無事に登山口(写真⑥)に辿り着くことが出来ました。私の場合、運の良いことに登山口付近まで登っていった時に地元の方👴🏼がいらっしゃったので挨拶をして登山口を教えて頂けました。登山口までで恐らく比高の半分近くは登っているような気がしました。
下城時、登城時とはまた別の地元の方とすれ違い、挨拶をして良い山城でした‼️と感想を言ったところ「あなたは運が良いわね。今までも何人か登りに来られた人がいたけど何人かは登山口が分からなかったと言って帰られた人もいましたよ」👵🏼とのことでした。
国道33号に戻り三坂峠に向かいましたが、途中振り返りながら高殿神社の鳥居付近(写真⑦)からや久万川越しに山城の遠景(写真⑧)を撮ってみました🏞
2020年12月08日 スイトピー❁伊予守
大除城
築城年代はハッキリしないが、土佐の一条氏の侵攻に備える為に1501年頃、河野氏によって築かれた山城。重臣の大野直家に守らせ、その後は大野氏三代の居城となる。
*標高694.2mの山に築かれる7つの郭から成る山城。曲輪は山頂の主郭を中心に、南西に二段南東に二段配している。
主郭の虎口は坂虎口とも言われ、小さな内枡形状となっている。
南側に竪堀がよく残っている。
土橋、登り石垣を確認。
*ルート…国道33号線から久万高原町へ〜槻之沢集落へ入る所に案内板があり、橋の横にトイレがある。さらに奥へ進み、先の集落から登山道が続いています。
山の西側は大きく削られ損傷しているので、遠くからでもかなり目に付きます。採石場がある為、よって一部遺構も消滅しています。
*駐車場は防火水槽と貯水池の見える横スペースに数台駐車できる。
登山道へは民家のすぐ真横を通り、杉林の入口を進みます。
緩やかな道の途中、石垣で囲まれた区画が続いてとても見応えがあった。恐らく、その辺に居館があったのではないかと想像される。
その先に見事な土橋が右に現れ、堀切から続く竪堀に大興奮でしたが、倒木があちこちあるので足元注意して下さい。
二の郭から西に三の郭があり、反対に右に行くと一段高く主郭があった。
*旅のお土産や休憩場所には、道の駅「天空の郷さんさん」がオススメ!地元食材を使ったバイキングレストランとパン工房は人気です♪