日和佐城(ひわさじょう)
日和佐城の基本情報
通称・別名
- 渭津城
所在地
- 徳島県海部郡美波町日和佐字浦445-1
旧国名
- 阿波国
分類・構造
- 山城
天守構造
- 複合式望楼型[4重4階/1978年築/RC造模擬]
築城主
- 日和佐肥前守
築城年
- 元亀年間(1570〜1573)
主な改修者
- -
主な城主
- 日和佐氏
廃城年
- 天正13年(1585)
遺構
- 曲輪
指定文化財
- -
再建造物
- 模擬天守(展望室・展示室)、模擬石垣
周辺の城
-
牟岐城(徳島県海部郡)[12.4km]
仁宇城(徳島県那賀郡)[14.9km]
加島城(徳島県海部郡)[18.2km]
松鶴城(徳島県阿南市)[21.0km]
海部城(徳島県海部郡)[22.3km]
牛岐城(徳島県阿南市)[24.1km]
立江城(徳島県小松島市)[26.8km]
平島館(徳島県阿南市)[27.1km]
上山城(徳島県名西郡)[32.0km]
片志城(徳島県徳島市)[32.2km]
日和佐城の解説文
[引用元:Wikipedia「日和佐城」の項目]
日和佐城(ひわさじょう)は、徳島県海部郡美波町にあった日本の城跡。別名は「渭津城」。
概要
元亀年間(1570年~1573年)、阿波細川氏の細川真之の被官であった日和佐肥前守が長宗我部元親の侵攻を防ぐために築城したとされる[1]。
城主だった肥前守は、1577年11月17日に長宗我部氏の海部進攻の主将香宗我部親泰の大軍の前に降伏した。その際に肥前守は討死し、弟の権藤が相続して肥前守を名乗った。その後は元親軍に協力したが、豊臣秀吉の四国征伐で元親が土佐一国に安堵されると、1585年の蜂須賀家の進駐により、権藤は日和佐城から大阪の天満に移って浪人生活を送った。1596年に元親の招きで土佐の赤岡へ移り住み、名を浜五郎兵衛と改めた[2][3]。この時に、日和佐城は廃城になったとみられている。
その後、蜂須賀氏が阿波を治めるようになると、阿波藩藩主、蜂須賀家政に帰住をすすめられ、赤岡で庄屋職を務めていた五郎兵衛こと日和佐氏は、家督を次男に譲り、三男を伴って阿波に帰国した。そして石高50石を知行する士分に取り立てられ、1639年11月に病死したという[4]。
遺構
現在城跡とされる城山には、昭和53年(1978年)模擬天守が構築され、日和佐勤労者野外活動施設として利用されていた。現在は、展望台としてのみ一般公開されている。もちろん、当時の建物を再現したものではない。石垣も当時の遺構を利用したものではなく、建造当時の遺構と言えるものはほとんど見当たらない[5]。
交通
- JR牟岐線「日和佐駅」から徒歩で約20分。
- 徳島バス室戸・生見・阿南大阪線日和佐バス停から徒歩で約25分(※阿南駅 - 甲浦間途中乗降可能、阿南駅 - 海部高校前間JRの乗車券等で利用可能。)。
周辺
- 薬王寺 (徳島県美波町)
- 日和佐うみがめ博物館カレッタ
- 大浜海岸
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日和佐城の口コミ情報
2026年08月10日 丹波守炒飯ほっき貝大盛
日和佐城
牟岐線の日和佐駅より徒歩20分ほど。日和佐駅より城山にそびえる模擬天守が見えます。
城山公園への登路は広く舗装されており、それほど傾斜もきつくないので登りやすいです。天守のすぐそばに駐車場とトイレがあります。天守は耐震上の問題があるとのことで、閉館中となっております。模擬天守を含めて、確認出来る遺構はありませんでした。
で、この城山へ続く道ですが、散策しながら歩いていると、結構な数のカニさんを見かけました🦀多分アカテガニだと思うのですが、すばしっこくて写真に撮ることが出来ませんでした
2026年03月30日 蒲生大学助氏郷
日和佐城
模擬天守です。耐震に問題があるため、天守には入場不可です。
2026年02月24日 豊崎摂津守武馬
日和佐城
模擬天守近くまで車で行けますが、天守は立ち入り禁止です。あまり案内板もなく遺構がわかりにくいです。
2025年08月07日 播磨守研修地獄のこうちゃん
日和佐城
🚗で登城💨国道55から5分で到着💨駐車場にトイレ、有ります😲先人様の口コミ同様、模擬天守の方は休業中でした🤨
2025年03月11日 地下城主ひねもぐら右大臣
日和佐城
先人の方々が書き込んでいるとおり、入城出来なくなって久しい様子(先に読んでおけばよかった)。造りも外見も何ともなさそうなのでもったいない限りです。
2024年08月11日 小太郎右近衛中将南畿陽道大守
日和佐城
日和佐城でナビ検索可能でした。駐車場、公衆トイレが設備されています。模擬天守は情報どおり休業中で立ち入り禁止となっています。8月10日訪問。
2023年03月05日 尼崎城備前守一口城主
日和佐城
2月25日、登城。当日は四国の歩き遍路に挑戦中で22番札所から23番札所を目指して徳島県南部の海岸線に沿うように南下中に大浜海岸越しに日和佐城が見えてきました(写真①右上)大浜海岸からもお城を撮ってみようと砂浜に下りてみましたが砂浜からはお城は見えにくくなってしまいました(写真②)日和佐はウミガメの有名なところらしく、厄除橋からウミガメ像と天守を撮ってみました🐢🏯(写真③)23番札所の薬王寺境内からも撮ってみました(写真④)目の前に見えているので行ってみたくなり道の駅日和佐(写真⑤周辺図)で買い物がてら日和佐城の行き方を確認してみましたが道の駅の方に前までは行けますけど入れませんよ🙅🏻♀️と言われましたが登城してきました。日和佐城は近くに見えているものの写真⑤の通り迂回するようなルートで進軍してきました。道の駅から天守前まで私の足で約20分でした。天守の前には城山神社⛩があり神社の由来記にお城のことも書いてありました(写真⑥⑦)下城後、お城の南側から奥潟川や内ヶ磯橋越しの天守を撮ってみました(写真⑧)
2023年01月09日 尾張守冴月
日和佐城
臨時休館の札が掛かってましたが、ずっと休館してるみたいです。ススキがいっぱい生えてました😅
2022年11月20日 土佐香美真乃佐
日和佐城
天守閣があるところまで来ましたが、中に入ることはできません更に資料館のようなところも無かったです。残念です。
2022年08月04日 やまてつ伊予守
日和佐城
山頂まで車で行けます。模擬天守?の施設は閉館してしまったようです。
2022年04月02日 高弾正少弼橋
日和佐城
お城は国道55号線から良く見えていて、薬王寺の対面にあり、どちらも直ぐに分かります。少し南下すると海の駅があります。
2021年03月29日 土佐香美真乃佐
日和佐城
模擬天守はあったのですが、残念ながら入ることができなかったですが、遊歩道や天守台からの見晴らしは素晴らしかったです。
2020年08月17日 HappySachi宮内卿
日和佐城
日和佐城は令和2年8月31日まで改装工事のために中には入れませんでした。
2019年01月25日 "征夷大将軍"小野の妹の子
日和佐城
同じく、本日も日和佐城は閉館中とのお知らせが、駅の観光案内所に貼ってありました。
2018年08月01日 讃岐守こあらっくま
日和佐城
今日現在『日和佐城』は屋根瓦崩落のため閉館中とのことです。
2017年09月22日 兵部卿なおちん
日和佐城
無料駐車場もトイレもあり、トイレは意外ときれいでした。
お城風の建物の前の城山神社は、霊験高いらしいです。
2017年06月11日 織田上総介晃司
日和佐城
城の遺構は無く天守の存在もないので、お城として訪れるよりは展望台として訪ねるべき。
天守からの景色はいい
2015年08月16日 ❢178ックス永遠の副将軍
日和佐城
JR牟岐線日和佐駅からすぐ近くにみえますがそれなりに距離があります。
ウミガメが産卵に来る太平洋に面した
大浜海岸
四国霊場薬王寺
日和佐の町を一望できる
とても景色の綺麗なところでした
2013年08月14日 ばしこん
日和佐城
駐車場、トイレ共に完備しております。ついでに自販機も在ります。
城目前まで車で行けますが、途中の山道に蟹が道を横断することもあります。うっかり轢かないように注意しましょう!









