松鶴城(しょうかくじょう)

松鶴城の基本情報

通称・別名

森甚五兵衛屋敷、椿泊城

所在地

徳島県阿南市椿泊町東127

旧国名

阿波国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

森村春

築城年

戦国時代

主な改修者

主な城主

森氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣

指定文化財

再建造物

石碑

周辺の城

牛岐城(徳島県阿南市)[10.1km]
西方城(徳島県阿南市)[12.9km]
平島館(徳島県阿南市)[13.2km]
立江城(徳島県小松島市)[17.2km]
仁宇城(徳島県那賀郡)[19.9km]

松鶴城の解説文

※この城郭は2019年4月6日に名称と位置が変更となりました。

松鶴城(しょうかくじょう)は徳島県阿南市椿泊町にあった城である。

遺構
紀伊水道に突き出す半島の先端、椿泊(つばきどまり)集落内に位置する。別名、椿泊城ともいう。

椿泊の集落は椿泊湾の海岸線に沿って東西に細長く、東端にある松鶴城へは現在でも約2Kmに渡って小型車1台がやっと通行できる程度の狭隘な道が通るのみである。

現在、松鶴城跡には椿泊小学校が建っており、周囲には石垣が現存している。

歴史
鳴門の土佐泊城を本拠地としていた森氏の2代・森村春が、天正14年(1586)に阿波国へ入った蜂須賀家政から福井庄椿泊など約3,000石を与えられ移り住んだという(『阿公』)。

4代・村重の時に、徳島藩の海上方に任命され(『大系』)、以後、松鶴城の城主は代々「森甚五兵衛」を名乗った。そのことから森甚五兵衛屋敷とも呼ばれる。

その後、森氏は明治維新まで藩の水軍の総帥として重用され、椿泊湾は水主(かこ)たちの訓練の地として栄えたという(『大系』)。

交通
JR牟岐線阿波福井駅から車で約30分(大型車通行不可)

参考文献
『大系』:『日本城郭大系 第15巻』新人物往来社、1979年。
『週日』:『週刊日本の城』デアゴスティーニ・ジャパン、2013年。
『阿公』:阿南市公式サイト(http://www.city.anan.tokushima.jp/)。
『阿観』:阿南市観光協会公式サイト(http://www.anan-kankou.jp/)。

松鶴城の口コミ情報

口コミがまだ投稿されていません。

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。