大森城(おおもりじょう)

大森城の基本情報

通称・別名

岩渕城

所在地

秋田県横手市大森町大森(大森公園)

旧国名

羽後国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

小野寺道高

築城年

文明年間(1469〜1487)

主な改修者

主な城主

小野寺氏

廃城年

慶長6年(1601)

遺構

曲輪、腰曲輪

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

吉田城(秋田県横手市)[9.0km]
四十二館(秋田県大仙市)[9.1km]
大鳥井柵(秋田県横手市)[11.4km]
六郷城(秋田県仙北郡)[11.9km]
横手城(秋田県横手市)[12.2km]

大森城の解説文

成り立ち
大森城(おおもりじょう)は、鎌倉時代以来の名門武士の家系である小野寺(おのでら)氏が、文明年間(1469~1487年)に岩渕城(いわぶちじょう)を築城し、その後、小野寺康道(やすみち、字:大森五郎)が入場し、後に大森城と呼ばれるようになった。

その後、小野寺氏の統治は慶長5年(1600)奥羽合戦の結果終わりを迎え、元和6年(1620年)頃に廃城となったと伝えられている。

大森城の城郭は規模が大きく、縄張は輪郭式に近く、本丸(標高120m、比高約80m、東西約130m、南北約75m)を中心として同心円的に、帯曲輪、二の丸、役人館、外曲輪が配置されている。

現状
大森城跡は、明治34年(1901)、旧大森町の町制施行を記念して、桜約千本が植えられて、公園として整備された。以後追植が行なわれ、大正から昭和初期にかけては約二千本の桜が咲きほこり、東北の吉野山と賞されるほど人々に親しまれる公園となった。本丸跡から一望できる雄勝・平鹿・仙北の眺望は四季の風情にすぐれ、新秋田三十景のひとつに数えられている。

特記事項
天正18年(1590)に行われた太閤検地では、豊臣政権の中枢を担っていた五大老の一人である上杉景勝が軍勢を伴い大森城に入ったと伝えられている。検地が実施されたが、地元の反発が強まり、仙北一揆が勃発した。一揆が起きたのは9~10月で、六郷・増田・浅舞・鍋倉・山田・川連などの国人と百姓が立ち上がったが、仙北一揆は10月中旬までに鎮圧され、降参した者たちは出家させられた。

情報提供:横手市教育委員会

大森城の口コミ情報

毘沙門天山城守乱丸様[2012年11月13日]
現在は大森公園として整備され本丸に大森神社
各曲輪群が良く確認できる
大曲から大森温泉の右手の橋を渡りすぐ大森神社の鳥居、さらに登り右側に大森公園駐車場有
遊歩道沿いに登ると大森神社付近一帯が本丸跡

楓橋右大臣夜泊様[2010年12月06日]
小野寺氏の築いた山城で、太閤検地の際は、派遣された上杉氏の本拠地となりました。
現在は公園となっていて、本丸、二ノ丸の表示もあります。本丸からは、横手の穀倉地帯が眺められます。

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