大鳥井柵

(おおとりいさく)

通称・別名

(大鳥井山遺跡)

所在地

秋田県横手市大鳥町、新坂町

城郭構造
古代城柵
天守構造
なし
築城主
清原氏?
築城年
11世紀
主な改修者
主な城主
清原氏
廃城年
遺構
土塁、空堀
指定文化財
国史跡(大鳥井山遺跡)
再建物
説明板
周辺の城
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金沢柵(横手市) 5.0km
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成り立ち
大鳥井山遺跡(おおとりいやま)は、前九年合戦(ぜんくねんかっせん:1051~1062年)の際に出羽北半から大規模な軍勢を派遣できるほどの勢力を持つ、清原氏(きよはらし)の長子である清原光頼(きよはらのみつより)と、その子頼遠(よりとお)の居館跡と考えられている。

大鳥井山遺跡は、小吉山(こきちやま)及び大鳥井山と呼ばれる独立丘陵上に立地し、主体部の三方を二重の土塁と堀及び柵列が囲むほか、櫓と考えられる大規模な掘立柱建物跡を備え、北側と西側を河川に囲まれた、きわめて防御性の高い居館跡である。

出土遺物から、10世紀代後半から11世紀末まで居館として機能していたことが判明しており、前九年合戦及び後三年合戦(1083~1087年)に登場する出羽清原氏の拠点であったと考えられている。

現状
大鳥井山遺跡は、現在「大鳥公園」という名称で、プール、テニスコート、運動広場などが整備された運動公園として市民の憩いの場となっている。

また、土塁や堀の保存状態が良好であり、往時の柵の姿を歩いて体感することが出来る。

特記事項
大鳥井山遺跡は、昭和52~58年度に実施した7回にわたる発掘調査及び平成19~21年度に実施した発掘調査の結果、『陸奥話記』と『後三年合戦絵詞』などの文献における記述と、考古学的な調査結果が一致する、11世紀を中心とする遺跡としては稀有な存在であることが分かった。

また、大鳥井山頂上から四方に庇が付く、当時としては非常に格式の高いとされる「四面庇付掘立柱建物跡(しめんびさしつきほったてばしらたてものあと)」が検出された。

これらのことから、大鳥井山遺跡の貴重性や重要性が認められ、平成22年2月22日に国史跡として指定された。

研究者の中には、大鳥井山遺跡が「日本の山城の原形」として評価している者もいる。

情報提供:横手市教育委員会


大鳥井柵口コミ情報

三日陸奥守落人様[2014年05月06日]
大鳥公園内が城跡で、国道13号線から少し入り込んだ住宅地内に入口があります。
国史跡にしてはかなり地味ですが(^^;、駐車場や案内板は整備されてて解りやすくなってます。

堀などの規模だけを見ると戦国期のものと勘違いしそうですが、これが平安期の遺構とは驚きです。
「道の駅せんなん」でも案内情報がありますよ~

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