典膳館(てんぜんだて)

典膳館の基本情報

通称・別名

天膳館、天神館

所在地

岩手県和賀郡西和賀町沢内新町

旧国名

陸中国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

太田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

説明板

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典膳館の解説文

典膳館(てんぜんだて)は岩手県和賀郡西和賀町沢内新町にあった城である。別名、天神館ともいう。

遺構
西和賀町の中央部、和賀川の支流・本内川南側に東西に伸びる丘陵先端に位置する。

北から順に主郭を含む3つの曲輪を配した連郭式山城で、北端には巨大な空堀と階段状の帯曲輪が、また南尾根筋には堀切が確認される。

西和賀町には8つの館が存在するが、典膳館はその中で最大の規模を誇るという。

歴史
築城年、築城主ともに不明だが、『西和賀広域エコミュージアム 地域資源リスト』では太田(筒井)縫殿之助の城と推察されるとしている。

太田氏は和賀氏の重臣で、現在の碧祥寺(同町沢内字太田)に屋敷を構えていたことから、典膳館は縫殿之助の支城であったとも考えられる。

また、典膳館は伊達藩の家臣・片倉典膳が築城した、伊達政宗に仕えた片倉小十郎の先祖の地という説もあるが、確証に欠ける。

交通
JR北上線ほっとゆだ駅から車で約20分

参考文献
『日本城郭大系 第2巻』新人物往来社、1980年。
『西和賀広域エコミュージアム 地域資源リスト』西和賀町、2007年。
『週刊日本の城』デアゴスティーニ・ジャパン、2013年。

典膳館の口コミ情報

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