吉野城(よしのじょう)

吉野城の基本情報

通称・別名

金峯山城

所在地

奈良県吉野郡吉野町吉野山

旧国名

大和国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

護良親王

築城年

正慶元年〔北朝〕/元弘2年〔南朝〕(1332)

主な改修者

主な城主

護良親王

廃城年

遺構

横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

秋津城(奈良県吉野郡)[6.4km]
高取城(奈良県高市郡)[7.4km]
小川城(奈良県吉野郡)[10.5km]
越智城(奈良県高市郡)[13.6km]
宇陀松山城(奈良県宇陀市)[14.5km]

吉野城の解説文

吉野城(よしのじょう)は、吉野山一帯をさしていう中世山城のこと。鎌倉時代末期に大塔宮護良親王が、吉野山で挙兵し拠点とした。太平記では金峯山城とも。所在地は奈良県吉野郡吉野町吉野山。

歴史
奈良時代に役行者が開いたとされる大峰山での修験道は、一時途絶えていたが、平安時代に聖宝によって中興されて以降、大いに発展した。その大峰山への入口にあたる吉野山の尾根には数多くの寺院宝塔が建てられた。尾根沿いの地形は天然の要害、寺院宝塔は防禦陣地としても使え、吉野山は元来から中世山城としての性格を備えていたが、護良親王が挙兵し拠点とすると前衛に城塁(支城)を構築し要所に木戸や空堀が設けられたと伝えられる。

吉野城の口コミ情報

まるき〜淡路守様[2016年10月10日]
このアプリでは吉野山一帯を吉野城と呼称しているらしい
言わずと知れた桜の名所、豊臣秀吉が花見をした所
下千本無料駐車場から歩いて十数分、黒門を通り仁王門から蔵王堂へ
こちらでは金剛蔵王権現三体のご開帳が28年11月19日〜12月11日まで大人1000円

天満神社
豊臣秀頼公が改修されたとされる社殿桃山時代の様式をよく伝えている…

後醍醐天皇の行宮となった実城寺跡、南朝妙法殿には重要文化財の釈迦如来像を祀ってあります。
階段を450段下ると脳天大神王院、
ここを参拝して少しは頭が良くなるかも…(´∀`*)
滝行場やその他色々、仏教の色々が詰まってる場所!
お土産屋さんや食事処、旅館もあるがこの時期賑やかなようなそうでないような…微妙な感じでした

この時期桜が無くても眺望は
「絶景じゃ。絶景じゃ」でしたよ。

邦順大和守大八郎宗久様[2012年11月23日]
金胎寺・笠置寺(京都府)に並ぶ、中世山城の先駆的城郭。
勢力圏は宇陀や、多武峯・長谷・三輪、金剛・葛城山、吉野から熊野までの各郷村、詰めの高野山(敗北時に逃れた)辺りまでと広く、前線に火の見櫓から連絡を取っていただろう。
古来より高取の東、芋ヶ峠を越えて柳・桜の渡しに出るのが主で、防備もそれを想定している。
渡しのある吉野川を濠とし、六田・一の坂・丹治・飯貝の支城で防ぎ、突破されても尾根筋の先に空堀(大橋の空堀がよく残る)や木戸・柵などがあったとされる。落城理由は、搦め手(高城山方面)の突破に始まる前後からの猛攻とされる。
後世、飯貝は一向衆の砦として、丹治は地元の武士に利用されたらしい。
六田は倒木などの為に断念。丹治は地元の整備により登頂可能である(尾根伝いに本陣の蔵王堂まで戻れたという伝承がある)。
自動車なら下千本などの駐車場、電車なら吉野駅の利用を勧める。丹治城は吉野神宮駅南東の山頂にあり、NTT裏の寺院に登頂コースがある。途中の城の説明板から南側に登ると到着。桜や修験道のイメージが強いが、ぜひかつての激戦や、南朝の歴史に耽って頂きたい。

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore