秋津城(あきつじょう)

秋津城の基本情報

通称・別名

下市城

所在地

奈良県吉野郡下市町下市字本町

旧国名

大和国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

秋津氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

秋津氏

廃城年

遺構

曲輪、土橋、堀切

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

吉野城(奈良県吉野郡)[6.4km]
高取城(奈良県高市郡)[7.2km]
二見城(奈良県五條市)[9.6km]
越智城(奈良県高市郡)[10.5km]
櫛羅陣屋(奈良県御所市)[12.5km]

秋津城の口コミ情報

邦順大和守大八郎宗久様[2017年03月22日]
記憶を頼りに探索。後日、日本城郭大系を確認、下手な図を描いた後、本当にネットに無いのかとワードを増やしてみると…ありました(泣)。サイト名は奈良・近畿の城郭・戦国歴史研究会です…

踏査、大系、研究会様の3つを基に語ります。

南に副郭、北に主郭、副郭東面に土塁、副郭中央は少し高くなっている。主郭北側に堀切があり、土橋は不明瞭ですが何となく盛り上がりあり。概ね大系の通りでした。

北側は地山と大系にありますが、研究会様の図や踏査の際、土塁の様な盛り土や、北端には人工的な段差を確認しました。また西側の崖に細い通路らしき地形が見えました。水の手が地山西側(八幡神社)にあり、籠城の際に通過する可能性があるので、段差は往事か近現代か不明ですが、単に地山だったとは思えず、土塁はあってもおかしくないと思います。

堀切ですが、普通は断面で表すと∩状と思うのですが/状。東面の墓地化の為に埋められて変質したか、実は墓地は腰郭を破壊しきらず利用していて、堀切でなく竪堀なのか…謎が深まります。

小規模なので踏査に時間は掛かりませんが、主郭以外山林状態なので丈夫な格好を推奨します。

まるき〜淡路守様[2016年03月12日]
奈良県国道390号線千石橋を渡った所にある下市観光案内所とその先の下市観光文化センターにお邪魔して城址の事を聞いてみましたが地元の方でもよく知らないと言われました。
アプリでこの城を知り逆にこちらからこのような城址があると伝えると八幡神社の事だろうとわかる。
で、場所は八幡神社の上が城址ぽい

神社の諸事情(榊の葉や山を荒らす人達が居るから)により入山はお断りしていると言われたので仕方なく山の裏に回ってみると墓地群があり
そこに城址の説明板がありました。
今は案内板の所から墓場と化した城址跡を漠然と見るしかないようです。

ばしこん様[2013年12月22日]
城跡と言っても今や墓場となっています。
そこの施設を利用すれば車も止める事は出来るし、トイレも在ります。城跡が墓場だらけなのは今まで攻め来て初めてかも。

邦順大和守大八郎宗久様[2012年09月17日]
本丸・東側の帯郭・南側の郭(2つ)と堀切で構成される室町中期以前の形式を持つ中世山城。秋津川畔の河岸段丘上の地形を活かし周囲は急峻。現在は本丸や周辺は墓地として利用されており、城跡までは狭道、付近にはグラウンドがある。秋津氏は淳和天皇の代に封ぜられ、後醍醐天皇の代に旗を賜り八旗の一員となった。当時の秋津守吉の代に古郭を修復している。しかし永禄二年に織田(筒井)氏に攻められ、秋津氏・城ともに落城戦死し南朝倫旨等も焼失。また下市町には善城城などの城跡や、図書館に日本城郭大系の10巻がある。

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