平石城(ひらいし(ひらいわ)じょう)

平石城の基本情報

通称・別名

平岩城

所在地

大阪府南河内郡河南町平石

旧国名

河内国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

平岩氏

築城年

南北朝時代

主な改修者

主な城主

平岩氏

廃城年

遺構

曲輪

指定文化財

府史跡(平石城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

白木陣屋(大阪府南河内郡)[2.1km]
二上山城(奈良県葛城市)[3.8km]
下赤坂城(大阪府南河内郡)[5.4km]
上赤坂城(大阪府南河内郡)[5.9km]
櫛羅陣屋(奈良県御所市)[6.2km]
龍泉寺城(大阪府富田林市)[6.5km]
高屋城(大阪府羽曳野市)[7.1km]
七郷山城(奈良県香芝市)[8.0km]
高田城(奈良県大和高田市)[8.5km]
千早城(大阪府南河内郡)[9.1km]

平石城の解説文

平石城(ひらいわじょう)は、大阪府南河内郡河南町平石にある山城。

歴史
築城年代、築城者は定かではない。南北朝時代には南朝方の城として機能したと考えられる。

豪族の平岩茂直が、楠木正成の赤坂挙兵に応じて築いたようだ。平岩氏は元弘3年(1331)に後醍醐天皇を迎えようとしたと『平石城旧記』にある。北朝方の畠山国清らが河内に侵攻すると、平石城は「城戸」「逆木」を破られ、城兵は金剛山へ逃げ落ちたとされる。

『太平記』巻34「平石城軍事付和田夜討事」によると、正平14年(1359)に足利勢が河内に攻め入った際、楠木正儀が17の城を整備して対抗。平石城もそのひとつとされ、茂直の子の茂幸が防戦したと伝わる。

遺構
大和国境に近い、平岩集落の標高244mの城ヶ塚と呼ばれる山に築かれている。東西に長い谷地形の平石には、平石峠街道が走る。

山頂部の集落側に築かれた、50m四方にも満たない小規模な城だ。曲輪は削平されておらず、臨時性が感じられる。

帯曲輪は北西のピークや尾根が派生する部分で堀切となり、逃断線が横堀のような形態になっている。こうした特徴が戦国時代に機能した近隣の城と類似性があることから、戦国時代に再利用されていた可能性が指摘されている。

交通
南阪奈道路羽曳野東ICから車で約20分

参考文献
『大阪府中世城館事典』戎光祥出版、2015年。

文:萩原さちこ

平石城の口コミ情報

2019年06月18日 みず
平石城

上ノ太子駅からレンタサイクルしました
普通車(¥250)電動(¥500)です
166号をしばらく走ります
途中から南河内グリーンロードに
入ります
トンネル手前を左折すると
平石城へと行ける看板あります
レンタサイクルは入り口に停めれました
アップダウン繰り返しなので、約40分くらいかかりました
富田林駅にもレンタサイクルあるので
交通機関利用で探訪考えてられてる方がいればご参考にしてみて下さい

みず

2017年05月08日 ねこ雅楽助すずめ
平石城

近つ飛鳥博物館からも行けます。まずは風土記の丘の展望台を目指して下さい(歩いて15分~20分ぐらい)。そこから3~4分ぐらい上に向かって歩くと平石城の方向を示す木の棒があるので、そこから細い山道に入ります。そこから歩いて15分~20分ぐらいでしょうか。ところどころ案内があるので道を間違えることはないと思います。往復1時間ぐらいなので、水筒は必要です。

2017年01月23日 なつりん河内守
平石城

平石(ヒライワ)城は、河内の豪族 平岩茂直が楠木氏の赤坂挙兵に応じて築いた城で太平記にも登場する城です。
現在、周囲は山と民家に囲まれており駐車スペースの確保は困難です。
近隣に迷惑をかけないように心がけて下さい。

本丸跡へは登山口から約10分弱で到着しますので、木戸跡や出丸跡などお見逃しのないように!

また、車で5分程南進すると近隣の持尾地区に持尾展望台があり河内平野や一望出来ます!
PLの塔は勿論、右手にはあべのハルカスまで見渡せる絶景があります。
ここで忘れてはいけないのが、すぐ山手には城めぐり未登録の『持尾城跡』があります。
狼煙台が見れるので、是非ともお立ち寄りを!

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