目加田城(めかだじょう)

目加田城の基本情報

通称・別名

所在地

滋賀県愛知郡愛荘町目加田(目賀田城跡公園)

旧国名

近江国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

目賀田氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

目賀田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

和田山城(滋賀県東近江市)[4.3km]
勝楽寺城(滋賀県犬上郡)[5.0km]
敏満寺城(滋賀県犬上郡)[5.6km]
佐生日吉城(滋賀県東近江市)[5.6km]
日夏城(滋賀県彦根市)[6.8km]
伊庭御殿(滋賀県東近江市)[7.1km]
箕作城(滋賀県東近江市)[7.7km]
百済寺(滋賀県東近江市)[8.4km]
観音寺城(滋賀県近江八幡市)[8.4km]
鯰江城(滋賀県東近江市)[8.7km]

目加田城の口コミ情報

2025年11月17日 松平右衛門督屏風折土塀元康
目加田城



町中にあるけど、目加田城公園として整備されている。土塁も二カ所残っている。見やすいの

2025年02月08日 【城郭道】たっきー
肥田城[目加田城  周辺城郭]



肥田城、滋賀県彦根市。
「日本史上初めて水攻めが行われた城」と言われています。
大永年間(一五二一〜一五二八)に、六角氏の支配下にあった高野瀬隆重が築城。
永禄二年(一五五九)に高野瀬氏が浅井長政へ離反したことにより、六角氏は肥田城を攻撃。周囲を五十八町(六粁)の土塁で囲み、宇曽川や愛知川の水を流し込みました。が、土塁は決壊し、水攻めは失敗。六角氏は退却しました。
その十年後の永禄十二年(一五六九)、織田信長が肥田城を攻略。家臣の蜂屋頼隆や長谷川秀一が入城した後、廃城となりました。
現在、石碑、説明板、社などが建てられています。周囲には土塁が残っている箇所もあります。

是非攻めてください。稀有な城ですので。

2023年07月01日 中務少輔RedKing
目加田城



戦国時代の近江の武将は合戦だけではなく調略に権謀術数あったようですが、山崎合戦で明智方に就くも子孫が旗本として明治まで残ったのは流石です。そもそも目加田の地ではなく目賀田氏の居城は目賀田山で信長に譲り、安土城としたとのこと。きっと地勢も治世も良かったのでしょう、古い神社仏閣に有名な造り酒屋さんがあります。

2023年06月30日 ᴿᴱᴰ副将軍
肥田城[目加田城  周辺城郭]



国内で初めて水攻めが行われたと伝わる城跡🏯

オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎

築城年代は不詳。大永年間(1521年〜1528年)に高野瀬隆重により築かれたとされます。
高野瀬氏は、佐々木六角氏の家臣であり高野瀬城を居城としていましたが、佐々木六角氏の命により新たに肥田城を築いて隆重・秀隆・秀純の三代が居城としたと云われます。
代々、佐々木六角氏に仕えていましたが恩賞が無いことで不満を抱いた様で、1559年に高野瀬秀隆は六角氏と対立する浅井長政に寝返ります。そのため佐々木六角氏が攻め寄せ、六角義賢は城の周囲に土塁を築き、宇曽川・愛知川から水を引き入れて肥田城を水攻めにしたとされ、記録に残る国内初の水攻めとされます。しかし、土塁が崩れたことと浅井氏の大軍の援軍により二度に渡る「肥田城の水攻め」「野良田表の合戦」は浅井氏の勝利となり、六角氏は勢力を失っていきます。
1573年に浅井氏が織田信長によって滅ぼされると高野瀬秀隆は柴田勝家に仕えましたが、1574年の越前一向一揆に敗れて自害。
その後は、蜂屋頼隆、長谷川秀一が城主となりましたが、長谷川秀一が文禄の役により朝鮮で病没すると肥田城は廃城となりました。

見所
かつては200m四方の方形の内郭があったとされますが、現在は耕作地と市街地となり消失。しかし、外郭の土塁が東から南東にかけて約200m残っています。

2023年06月18日 装鉄城副将軍乱怒
目加田城



豊郷小学校の観光案内所からレンタサイクルで20分。目加田公民館で停められます。方形の大土塁が残ります。

2023年01月10日 ᴿᴱᴰ副将軍
那須城[目加田城  周辺城郭]



那須与一の次男である那須宗伝の居城🏯

オススメ度 ★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

1185年の源平合戦のひとつ屋島の戦いにおいて名を上げた那須与一宗高の次男である那須宗伝がこの地を領し那須城を築いたとされます。以後は那須氏代々の居城となり近江国守護の六角氏に従ったとされます。

見所
現在は八幡神社境内となり遺構はほぼ消失。城跡碑と案内板が立ち、土塁の一部だけが残っています。

2022年08月14日 ᴿᴱᴰ副将軍
目加田城



鎌倉時代より佐々木六角氏に代々仕えてきた目賀田氏(目加田氏)の居城🏯

オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎

1576年、目加田定政によって築かれたと云われています。
目賀田氏は、藤原氏の系譜で鎌倉時代には佐々木氏に仕える御家人でした。
室町時代には、近江国守護佐々木氏の重臣となり、佐々木氏の分家に応じて目賀田氏も分家し、佐々木六角氏、京極氏、尼子氏等に仕えた様です。
1563年に、六角氏が内部抗争である観音寺騒動により弱体化すると、目加田氏は浅井長政に属します。
浅井長政が織田信長に敗れ、浅井氏が滅亡すると織田信長に従います。
1576年には、織田信長が安土山へ安土城を築く際、それまで安土山は目賀田山と呼ばれ、目加田氏の居城でした。当主の目加田貞政は立ち退きを要求され、領地であるこの地に移ったのが目加田城です。
目加田貞政の子の目加田堅政は、1582年に本能寺の変が起こると明智光秀に付いたため、羽柴秀吉により所領は没収となりました。
1597年に廃城となりました。

見所
高さ3m程の土塁に囲まれた単郭方形の城館跡ですが、現在は城跡公園として整備されています。
周辺は宅地化が進み土塁の一部が残存。
往時は土塁の脇に堀があり、堀の一部が舟入になって岩倉川、宇曽川を経て琵琶湖まで船で出られる仕様になっていたことが発掘調査で判明しています。

2022年01月31日 tracer_azu
目加田城



目賀田氏は元々安土城の一部を目賀田城としていましたが、織田信長の命により、この場所に居城を移したとされています。今も明確に土塁が残っており、隣の竹藪にも土塁らしきものが見えますが、薮過ぎて入って散策はできませんでした。

2021年06月30日 タッカン兵部大輔
目加田城



今は住宅地の中の公園になってます。中に入ることができます👌

2021年02月27日 近江守Silvine
肥田城[目加田城  周辺城郭]



肥田城は彦根市肥田町にあり地域の土豪であった高野瀬氏の城と伝わります。この地域は長らく北の京極氏、南の六角氏との境目であり、六角氏が勢力を拡大した際に高野瀬氏もその麾下に入りますが、浅井長政が勢力を拡大するとこれに寝返りました。これに対し六角承禎は肥田城を水攻めしますが成功せず、浅井の援軍との野戦となります。野良田の戦いと呼ばれるこの戦いで浅井氏は勝利し、浅井氏の興隆と六角氏の衰退のきっかけとなりました。
平城だった肥田城は江戸時代に新田開発されたため、城の中心部には石碑と城にまつわる山王祠が残るのみですが、肥田集落周囲には土塁と堀跡が残っています。また城の北西、聖泉大学の裏手には水攻め跡の堤が残り、往時を偲ばせます。

2020年10月25日 安濃津左大臣壱午
吉田城[目加田城  周辺城郭]



目加田城から県道を挟み歩いて来れました。岡村本家という酒蔵が目印です🍶

吉田城を見る前に、この酒蔵を見学させて頂きました。こじんまりしていましたが、中々良い雰囲気でしたよ!僕は未成年なので、よく分かりませんでしたが😅

話が逸れましたね🙇‍♂️吉田城の石碑は酒蔵の一角にありました。石碑と説明板のみですので、この酒蔵と一緒に訪れるのが良いかと…

吉田城は佐々木氏の分家の吉田氏によって築かれたといいます。京極材宗や辻与兵衛が在城したとされています。吉田城も周辺の城同様、信長により落城しました。

歴史的には未開拓な部分が多く面白い城ですが、遺構は無いのでご了承ください。

2011年08月02日 古楽侍従広家
目加田城

全国の「めかた」一族の本貫地となる場所。元々は安土山に城があったそうですが、信長の居城とするために没収されこの地が与えられたそうです。
本能寺の変の時に、家康に同行していたのに伊賀越えの前に一行から離れ目加田に帰り、光秀に味方したために所領が没収されます。この為に全国に散り、幕末に幕臣だった目賀田種太郎は相馬永胤らと専修大学を開校します。

目加田城の周辺スポット情報

 肥田城水攻堤跡(遺構・復元物)

 肥田城土塁・堀跡(東端)(遺構・復元物)

 肥田城土塁・堀跡(西端)(遺構・復元物)

 土塁(遺構・復元物)

 目賀田城跡説明板(碑・説明板)

 目賀田城跡石碑及び説明板(碑・説明板)

 吉田城(周辺城郭)

 肥田城(周辺城郭)

 北菩提寺城(周辺城郭)

 矢守城(周辺城郭)

 那須城(周辺城郭)

 八町城(周辺城郭)

 平居城(周辺城郭)

 畑田城(周辺城郭)

 東円堂城(周辺城郭)

 栗田城(周辺城郭)

 島川北城(周辺城郭)

 島川南城(周辺城郭)

 安孫子南城(周辺城郭)

 高野瀬城(周辺城郭)

 愛荘町立歴史文化博物館(御城印)

 公民館駐車場(駐車場)

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