勝楽寺城(しょうらくじじょう)

勝楽寺城の基本情報

通称・別名

勝楽寺山城、正楽寺城

所在地

滋賀県犬上郡甲良町正楽寺、多賀町

旧国名

近江国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

高築豊後守

築城年

応安元年(1368)

主な改修者

主な城主

高築豊後守、多賀豊後守

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、竪堀(畝状竪堀群)

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

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彦根城(滋賀県彦根市)[10.1km]
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勝楽寺城の口コミ情報

2022年01月24日 RED副将軍
勝楽寺城



南北時代に活躍した婆娑羅大名こと佐々木道誉の居城

オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎

1368年、佐々木道誉(京極高氏)により築城。
佐々木道誉は婆娑羅大名とも呼ばれ、宇田源氏佐々木氏庶流京極氏。南北朝時代には足利尊氏の盟友で室町幕府の創設に貢献。北近江守護の京極氏の祖先です。道誉は78歳で没するまで居城としました。
戦国時代には、南近江を支配する六角定頼が北近江に侵攻し、勝楽寺城も六角氏の支配下となった様です。
その後、野良田の戦いで六角氏に勝利した浅井長政は、1563年の観音寺騒動乗じて所領を拡大。勝楽寺城も浅井氏の支配下になりました。
1568年には、足利義昭を奉じて上洛した織田信長の侵攻により落城。麓の勝楽寺も焼き討ちにし、廃城となりました。

見所
主郭西側の側面には小規模ながら石垣が残ります。
畝状竪堀が無数にあるとも言われていますが、積雪のためか、なかなか確認はできず。
竪堀は幾つかありますが、畝状とまでは分かりませんでした。
痩せ尾根が幾つも走る複雑な地形。尾根は平削され通路となり先に郭が設けられています。
縄張り図以外の尾根筋の先にも削平地があり、実際の城域はかなり広範囲と思われます。

2014年09月02日 VINO-S
勝楽寺城

麓の勝楽寺駐車場からやや急な登城道(ハイキング道)を20分程で尾根に到着。ここに案内板あり、左が石垣が残る主郭と見張り台方向。右が上ろう落とし方向。縄張り群はこの尾根に沿って南北に広がっています。

2011年08月01日 古楽侍従広家
勝楽寺城

麓の勝楽寺は、佐々木道誉が晩年を過ごした寺で、お墓もあるが赤報隊に燃やされた歴史がある。また石田三成に使えた横関三河守の墓も今に伝わっている。

佐々木道誉の屋敷は麓に広がり、その跡地には、御舘、舞台などの石碑が建っている。

城は、寺の裏山に高築豊後守が築いたもので、湖東平野を一望できる要地。

登城途中にお稲荷さまがあるが、謡曲『狐釣』の舞台として、お稲荷さまが祀られています。

勝楽寺城の周辺スポット情報

 金剛輪寺(周辺城郭)

 狐塚(寺社・史跡)

 経塚(寺社・史跡)

 仕置場(寺社・史跡)

 道の駅せせらぎの里 こうら(御城印)

 勝楽寺駐車場(駐車場)

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