沖島坊谷城(おきしまぼうやじょう)

沖島坊谷城の基本情報

通称・別名

所在地

滋賀県近江八幡市沖島町

旧国名

近江国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

不明

廃城年

遺構

曲輪、石積、土塁、堀切

指定文化財

再建造物

周辺の城

北之庄城(滋賀県近江八幡市)[6.8km]
八幡山城(滋賀県近江八幡市)[7.3km]
水茎岡山城(滋賀県近江八幡市)[8.1km]
安土城(滋賀県近江八幡市)[8.7km]
伊庭御殿(滋賀県東近江市)[9.1km]
佐生日吉城(滋賀県東近江市)[10.4km]
打下城(滋賀県高島市)[10.6km]
大溝城(滋賀県高島市)[10.6km]
観音寺城(滋賀県近江八幡市)[10.7km]
和田山城(滋賀県東近江市)[11.7km]

沖島坊谷城の口コミ情報

2026年03月10日 ᴿᴱᴰ副将軍
沖島頭山城[沖島坊谷城  周辺城郭]



越前と新田義貞の中継基地として機能した南朝方の拠点

オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎

築城年代や築城主等の詳細不詳。
琵琶湖上の水運監視等の目的で築城されたものと推定されており、奈良時代の和同開珎等が発見されていることからも古来から人々の沖島への往来はあった様です。
1156年の保元・平治の乱により、清和源氏の落武者7人が土着し、漁業を生業としたことが沖島の定住者の始まりとされ、現在の島民の祖とも云われます。
南北朝時代の1338年には、南朝方が越前と新田義貞の中継基地として頭山に城を構えたと伝わります。
近江守護である六角氏に重要視され、湖上交通を支配するために利用し、室町幕府8代将軍である足利義政は湯谷ヶ谷(番所山)に島民に湖上を行き交う船の監視と取締りを命じたとされます。
その後も豊臣政権下まで機能していたと考えられています。

見所
沖島西側の半島状に突出した独立丘陵である頭山(標高140m)に築かれています。
南斜面に奥津嶋神社が鎮座し改変を受けていますが、頂部は広い削平地が現存し、西側を除く斜面には雛壇状に小規模な削平地が無数に広がります。雛壇状の削平地は140にも及ぶとされ、土留めの石垣も認められ沖島尾山城と同様の遺構です。
西側斜面は採石により消失しています。

2026年03月10日 ᴿᴱᴰ副将軍
沖島尾山城(ケンケン山)[沖島坊谷城  周辺城郭]



無数の段郭群が広がる湖上監視の拠点🏯

オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎

築城年代や築城主等の詳細不詳。
琵琶湖上の水運監視等の目的で築城されたものと推定されており、奈良時代の和同開珎等が発見されていることからも古来から人々の沖島への往来はあった様です。
1156年の保元・平治の乱により、清和源氏の落武者7人が土着し、漁業を生業としたことが沖島の定住者の始まりとされ、現在の島民の祖とも云われます。
山麓にある西福寺は、落武者の1人である茶谷重右衛門の末裔が蓮如上人に帰依し開基とされます。
近江守護である六角氏に重要視され、湖上交通を支配するために利用し、室町幕府8代将軍である足利義政は湯谷ヶ谷(番所山)に島民に湖上を行き交う船の監視と取締りを命じたとされます。
その後も豊臣政権下まで機能していたと考えられています。

見所
沖島最高峰である尾山の西端に位置する支峰の標高210mのケンケン山(見景山)付近が城域とされ、お花見広場からホオジロ広場辺りが中核部であった様です。
南西麓の西福寺から尾根沿いに梯郭式に石垣が伴う小規模な段郭がびっしりと雛壇状に埋め尽くされています。東西400m、南北430mに渡る斜面に400を超える郭数です。近隣の水茎岡山城も同様の郭群が認められ、緩傾斜面に切岸を多用することで防御性を高めた考えられています。
下山時には沖島小学校に辿り着くルートを取りましたが、こちらには城郭遺構か分かりませんが立派な石垣が認められました。

沖島漁港がある東側から登り始めると沖島尾山城があり、更に尾根続きに西側へ進むと沖島坊谷城に辿り着きます。

2026年03月01日 ᴿᴱᴰ副将軍
沖島坊谷城



琵琶湖上の水運監視を行なった重要拠点

オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎

築城年代や築城主等の詳細不詳。
琵琶湖上の水運監視等の目的で築城されたものと推定されており、奈良時代の和同開珎等が発見されていることからも古来から人々の沖島への往来はあった様です。
1156年の保元・平治の乱により、清和源氏の落武者7人が土着し、漁業を生業としたことが沖島の定住者の始まりとされ、現在の島民の祖とも云われます。
近江守護である六角氏に重要視され、湖上交通を支配するために利用し、室町幕府8代将軍である足利義政は湯谷ヶ谷(番所山)に島民に湖上を行き交う船の監視と取締りを命じたとされます。
その後も豊臣政権下まで機能していたと考えられています。

見所
沖島の最高峰である標高225mの尾山(宝来ヶ嶽)付近に築かれています。
沖島漁港がある東側から登り始めるとまずは沖島尾山城があり、更に尾根続きの西側に位置します。
標高220mの見晴らし広場は沖島坊谷城の曲輪跡とされ、見晴らし広場から南に下りた中腹付近が足利義政が島民に湖上監視を命じた湯谷ヶ谷(番所山)とされますが、冬期でもヤブでよく分かりませんでした。
南麓近くの弁天神社あたりの尾根筋には梯郭式に小規模な段曲輪が配されています。

沖島へ行くに堀切漁港から沖島通船で10分です。片道500円で朝夕は1時間に1便、昼間は2時間に1便出ています。
沖島にある3城を全て周りましたが、ちょうど2時間で次の船に何とか間に合いましたが、駆け足での登城です。

2025年10月20日 かまたん左近衛中将
沖島坊谷城

厳島神社方面から登りましたが、所々に野良積みが見られました。

2025年05月21日 太政大臣た。たーた。
沖島坊谷城

沖島行ってきました。長閑なとこです。皆さんも是非一度行ってみてください。

2024年06月10日 但馬守城好き頭中将
沖島坊谷城



琵琶湖に浮かぶ沖島
ここにはかつて 沖島坊谷城🏯という山城が存在したのを初めて知る事に👀‼️

どんな役割を果たしていたのか‼️
なぜこのような所に城を築いたのか‼️

興味深い城ですよね🤭

今回は琵琶湖一周クルーズで沖島に上陸した為か、時間的な問題と天気も悪かったので、城跡までは行けませんでしたが、おそらくこの辺だろうか?と思われる場所を船の上から眺めて、当時の沖島坊谷城に思いを馳せでました✨

また沖島に行ける機会があれば、次は登ってみたいですね👍

すぐ城跡からの風景は眺められませんでしたが、桟橋からすぐ近くに展望台があったので、そこからの眺めはなかなか良かったです👍

展望台の土台が石垣みたいだったので城跡から眺めてる気分でした。

2022年02月14日 孔明民部卿YouTuber
沖島坊谷城

2日間の山城巡りで最初は訪問予定はなかったのですが、沖島は昭和の雰囲気があっていいところと観光案内所で聞きました。急遽、沖島を訪問に加えました。
ついでに沖島坊谷城と尾山城も行くことにしました。
自然災害でルートがパンフレットと変わってました。
複数の石垣群があり、予想よりすごく楽しめ、山城ランキングでも上位になりそうです。

はぎーのランキング集 のブログに詳細に記載しましたのでご覧下さい。
また八幡山城、安土城、観音寺城など観光を含めた2日間観光プランもブログで紹介しています。

2019年07月26日 近江守Silvine
沖島坊谷城

他の皆様が書いてくださっているので、補足を。花見広場が尾山城の主郭と考えられています。坊谷城は見晴らし広場から、行き止まりと書いた看板の裏の藪を越え、10分ほど進んだピークの場所になります。最初の藪さえ突破できれば、7月末でも歩く事はできました。とは言え、森の中と言った感じで、主郭もただただ削平地があるのみです。そのまま進んでもなんとか下山できますが、一部かなり高い藪に覆われている場所もあります。また、石垣があるとの事でしたが、草が多く確認できませんでした。

2016年10月17日 まるき〜出羽守
沖島坊谷城

戦国時代、島民は信長の浅井攻めに力を貸したとされる、その功績で近隣で漁業をする事を認められる、その後 往来する船の監視や警備等をして漁業権を獲得していたらしい…
この島の城跡とされる所はそのための監視場のような存在みたい。
山の頂上とされる ホオジロ広場と見晴らし広場に行くまでの間には石垣、土橋、土塁、郭のようなものがあります。先ずこの山は頂上が二ヶ所ある山が二つ尾根で繋がってると思って下さい、登山口(コミュニティセンター側)の登り始め辺りホオジロ広場(ケンケン山頂)に行くまでに石垣、そこから尾根伝いに土橋(ぽい)のが二ヶ所、見晴らし広場(蓬莱山頂行き止まり)の手前に土塁ぽいのがあります。各頂上部は少し開けた展望場所で琵琶湖の景色がよく見渡せる絶好の監視場所、それが郭ぽい。遠くは伊吹山まで見える。帰り道のホオジロ広場から別ルートで(学校側)に降りる手前に石垣が多く見られます。この島、何かと話題になっているようで釣り客、カメラマン、観光が多い割に船の往来が少ない
朝、1時間毎、午後からは2時間毎〜夕方1時間毎、堀切漁港から船で約10分!猫がたくさん居る島としても有名。


2015年09月27日 ŧ‹”ŧ‹”。
沖島坊谷城

堀切港より船で約15分。港内の駐車場は、島民専用のため徒歩5分の所の漁業組合の無料駐車場を利用しましょう。登城口ですが、港を降りて公民館の横に『ケンケン山』の案内板があり墓地から登る道と旧小学校跡地より登るルート。登りは後者の方が坂が楽かも知れません。約20分で『お花見広場』に到着。資料が少ないため推測ではありますが、この辺りが主郭ではないかと思われます。戻る形で説明しますが(遺構の看板は全くないため見落としていました)お花見広場手前、50mの所に土橋とみられる歩道があり更に、その先に若干広くなっている所に土塁がありました。その下には、曲輪と石垣があります。高さは低いですが、巾
50mぐらいの石積みが組んであります。元の登山道に戻り、分かれ道に案内板があります。この付近には、棚状の連続した曲輪群があります。曲輪の中には、石垣で補強されているのもいくつか見られました。山に入る時は、蚊やうるしの木もあるため長袖の着用を勧めます。また、人がほとんど入っていないためクモの巣だらけで苦労しました。遺構は、港側にしかなく、どちらかと言えば見張りの為の砦と守りを兼ねた城郭ではないかと感じました。

2015年06月25日 ⛩️パコ⛩
沖島坊谷城

インターネットにて入手できる情報として「港から1km東の地点から登る」とあるが、同経路は藪が育ち過ぎていて少し危険とおもわれる(すれ違ったハイキングの方も行く気がしなかったとのこと)。こちらには遺構がある?とか、入り口付近の石垣がそれっぽい?等、魅力的ではあったんだけど、、、。

仕方なく小学校の東脇の階段より入山すると、15分程度でホオジロ広場というところがあり、こちらからは琵琶湖の西側が綺麗に見える。
ホオジロ広場から10分ほど奥に進むと見はらし広場に到着。各種情報からもこの地点は既に城郭エリアのようだが、、、、とくに何があるわけでもない(眼力が足らない?)。藪が育ってしまい見晴らしも良くない。看板には「行き止まり」としっかり書かれているので、先述の経路は無かったものとされている模様。

ホオジロ広場→見はらし広場 は少し藪漕ぎしないといけないで長ズボン必須ですが、気軽に行ける工程なので来島した方は是非!?

沖島坊谷城の周辺スポット情報

 沖島尾山城(ケンケン山)(周辺城郭)

 沖島頭山城(周辺城郭)

 沖島漁港(その他)

 堀切港(その他)

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