英賀城(あがじょう)

英賀城の基本情報

通称・別名

所在地

兵庫県姫路市飾磨区中浜町2

旧国名

播磨国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

赤松祐尚

築城年

永享年間(1429〜1441)

主な改修者

主な城主

赤松氏、三木氏

廃城年

天正8年(1580)

遺構

土塁(英賀神社)

指定文化財

再建造物

石碑、説明板、模擬石垣

周辺の城

楯岩城(兵庫県揖保郡)[5.3km]
姫路城(兵庫県姫路市)[5.9km]
坂本城(兵庫県姫路市)[7.9km]
的形城(兵庫県姫路市)[8.7km]
御着城(兵庫県姫路市)[8.8km]

英賀城の解説文

英賀城(あがじょう)は、播磨国英賀(兵庫県姫路市飾磨区英賀宮町)にあった城郭。別所氏の三木城、小寺氏の御着城と並び播磨三大城と称された。

概要
東は水尾川、西は夢前川、南は播磨灘に囲まれた地に築かれた。本丸にあたる英賀神社本殿裏に残る土塁以外の遺構は住宅地などになって残っていない。石碑・案内板・模擬石垣がある。

歴史
永享年間初期、赤松祐尚によって築城され、戦国末期、赤松氏以降は三木氏に支配が移る。1577年(天正5年)、織田信長は中国攻めを開始すると、羽柴秀吉に命じて播磨国へ侵攻。1578年(天正6年)、別所長治の三木城落城に続き三木通秋が籠もる英賀城も1580年(天正8年)に落城した。

交通
JR山陽本線「英賀保駅」から徒歩約10分。

英賀城の口コミ情報

摂津守@Dr.stop酒様[2015年06月22日]
英賀神社には英賀城の唯一の遺構の土塁跡が残ってます。
近くの公園の真ん中にある天守台は、模擬らしく播磨三名城と言われてるが、寂寥感が否めません。

June02様[2013年02月11日]
残念…と、想う海城です。
東に水尾川、西に夢前川、北は東西の川を繋ぐ外濠、南は播磨灘。内側に、点在してあった9〜11の城門、港、商家を囲む総構えの土塁、川、濠と港に囲まれた二の丸、本丸。
今は、山陽電鉄が播磨灘、本丸石碑の辻道が本丸外郭と内濠の境界、水尾川堤下の芝之口碑〜遺構土塁ある英賀薬師迄の用水路と英賀神社北側の遺構土塁に沿う道に濠の名残がある程度です。
英賀神社の土塁をアップします。
西飾磨駅より、本丸碑、各城門碑、土塁を外郭一周は、姫路城内堀外郭より、時間かかると思います。

大宰少弐播磨の将軍 様[2011年02月07日]
山陽電鉄西飾磨駅から西へ600㍍程行った所に本丸跡の石碑があり付近にも英賀城に関する史跡も点在しています!
中浜橋が掛かる水尾川には、土塁跡と見られる土手があります!
英賀神社の境内にも土塁跡が残っています!

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore