御着城(ごちゃくじょう)

御着城の基本情報

通称・別名

茶臼山城、天川城

所在地

兵庫県姫路市御国野町御着

旧国名

播磨国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

小寺政隆

築城年

永正16年(1519)

主な改修者

主な城主

小寺氏

廃城年

天正7年(1579)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

的形城(兵庫県姫路市)[4.4km]
姫路城(兵庫県姫路市)[4.9km]
志方城(兵庫県加古川市)[7.5km]
神吉城(兵庫県加古川市)[8.5km]
英賀城(兵庫県姫路市)[8.8km]

御着城の解説文

御着城(ごちゃくじょう)は、兵庫県姫路市御国野町御着にあった城。別名、茶臼山城、天川城。城内に山陽道や城下町をとり込んだ惣構えの平城だった。赤松氏の一族小寺氏の居城で、永正16年(1519年)に小寺政隆が築城したと言われる。天正7年(1579年)に羽柴秀吉に攻められ落城、城割が行われ廃城となった。

概要
姫路市東方の御着は、山陽道(国道2号の若干南)が通る交通の要衝として、赤松氏の守護所が設けられていたようである。永正16年(1519年)になって小寺政隆が御着の茶臼山と呼ばれる小丘上に城を築いた。姫路城代であった小寺氏が御着城を築いた理由として
1.主君赤松義村と浦上村宗の対立、浦上村宗への備え
2.小寺政隆の隠居城
3.赤松惣領家からの独立を狙って
などが考えられている。政隆の子の小寺則職の頃から御着城を本城、姫路城を支城としていたようで、姫路城には家老の八代道慶や黒田氏を城代として派遣していた。当時の播磨では比較的大規模な城であったらしく、別所氏の治める三木城、三木氏の治める英賀城と並んで播磨3大城郭のひとつに挙げられていた。

天正5年(1575年)、織田氏の中国地方攻略の一環で羽柴秀吉が播磨へ侵攻する。則職の子、小寺政職は家老の小寺孝高(黒田孝高、官兵衛、如水)の進言もあり当初は織田氏に通じたが、別所氏や荒木村重の織田氏離反に同調。天正7年(1579年)、秀吉は別所氏の三木城を支援していた播磨の諸城を攻撃、御着城も落城した。

宝暦5年(1755年)に描かれた絵図「播州飾東郡府東御野庄御着茶臼山城地絵図」によると、本丸を囲む内堀があり、北東に隣接する二の丸の外側には3重の堀が巡らされ、南西側は天川を外堀として利用、山陽道や町屋を取り込んだ惣構えだったようである。絵図は後年に描かれた物だが、堀の遺構が残っていることや近年の調査で建物の礎石や瓦、井戸、石垣、土塁、内堀などの一部を発掘したことから、基本的な縄張りは信頼できるのではないかと考えられている。

廃城後、江戸時代には御着本陣が置かれていた。現在、国道2号北側の二の丸跡付近は姫路市役所東出張所や城址公園、南側の本丸跡付近は民家や小公園などになっている。小公園には小寺氏を祀った祠、小寺明神があり、城址公園西側には黒田孝高の祖父黒田重隆の廟所がある。重隆らの墓は元は御着城下の佐土にあった心光寺という寺に置かれていたが、1577年(天正5年)に現在の地に移された。その後、1802年(享和2年)に黒田藩主黒田斉清により廟所は再建され、1968年(昭和43年)に再び修復された。毎年、4月29日に黒田氏、小寺氏等の末裔達が集まり、先祖供養を行っている。

御着城の口コミ情報

まるき〜遠江守様[2016年06月20日]
黒田家が使えていた小寺氏の城
国道2号線を北にすぐ…国道に案内の看板があるのでわかりやすいです。
城跡、本丸跡は姫路市の東出張所と公民館、建物は天守をイメージしてあるそうでとても微笑ましいです。駐車スペースは6〜7台分とその先にある二ノ丸跡が公園を兼ねた臨時駐車場になっている。先の大河ドラマの官兵衛ブームで沢山の人が押しかけ現在城のパンフは在庫切れ、代わりと言っては何だが出張所に居たおばちゃんにいろいろと案内していただきました…
見所として建物裏手の堀、天川石橋、黒田重隆、官兵衛の母の墓所、二ノ丸の土塁、天守風建物…小寺大明神(道路向こう側)など、一通り観ても10〜20分でしょうか…
おばちゃん曰く「元々姫路城はここの支城やったんよ」とドヤ顔(´・Д・)」
でもブームが落ち着き訪問する人もかなり減少気味だとかで何だが淋しそうに思えました
「ここは思案のしどころじゃのぉ〜」
今なら人も少ないのでゆっくりまったりとできますよ〜!
トイレの横に姫路城のドラマ館から持ってきたのであろう官兵衛の顔出しパネルがあるが無残にも顔部分だけが破壊されていたし…。そーゆー所は少し残念!

弾正尹ぽこにゃん様[2014年01月05日]
本日2014/1/5から4/13まで、姫路市埋蔵文化財センター(四郷町)にて、御着城跡の企画展をやってます。入場無料。

昭和52-55年の御着城跡(二の丸)発掘調査の出土品や現場写真等を展示。小寺氏の足跡や周辺の中世城(置塩、坂本など)のパネル解説もあり。

パネル内容を冊子にしたパンフ500円は必携。

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月26日]
近年、黒田官兵衛碑が建立された。

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