野間城(のまじょう)

野間城の基本情報

通称・別名

所在地

大阪府豊能郡能勢町野間中

旧国名

摂津国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

野間高頼

築城年

仁安3年(1168)

主な改修者

主な城主

野間氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、竪堀、木戸跡

指定文化財

再建造物

周辺の城

地黄城(大阪府豊能郡)[2.1km]
丸山城(大阪府豊能郡)[2.3km]
山下城(兵庫県川西市)[5.9km]
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笑路城(京都府亀岡市)[6.9km]

野間城の解説文

野間城(のまじょう)は、大阪府豊能郡能勢町野間中にあった山城。

概要
仁安3年(1168年)に多田源氏の流れを汲む野間高頼によって築かれたと伝わる。野間氏は、摂津能勢地方において同族の能勢氏、余野氏と共に能勢三惣領の一つとされている。

天正年間(1573年‐1591年)には高頼の後裔野間豊後守資持が在城していたと伝わっている。

野間城の口コミ情報

iggy主水正さん[2019年03月30日]
《登城口》
「圓珠寺」の南を流れる野間川を挟んだ対岸に「ノセクリーンセンター」があり、建物の東詰に会社の駐車スペースと思しき場所に接した農道(舗装)を山へ向け南へ上ります。
舗装が途切れた地点を左折(東進)すると野間館の石垣が現れます。
館跡に感嘆しながら道なりに進み、間もなく現れる「稲生大明神」の鳥居をくぐると参道(登城道)となり、城域へと通じます。
15分もあれば主郭に到達するでしょう。


《遺構》
主郭は南側からの侵入に備え、堀切で遮断、さらに主郭南側三方をコの字型に土塁を巡らし防御しています。
主郭南側の堀切は深く、落ちる竪堀も明瞭でうっとりものですが、4郭5郭にあたる郭東側の竪堀(段違い的に3~4条)は経年のためかはっきりとしません。

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