向島城(むかいじまじょう)

向島城の基本情報

通称・別名

四谷城

所在地

京都府京都市伏見区向島本丸町他

旧国名

山城国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

豊臣秀吉

築城年

文禄3年(1594)

主な改修者

主な城主

豊臣氏

廃城年

元和9年(1623)

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

伏見城(京都府京都市)[1.9km]
槇島城(京都府宇治市)[3.8km]
淀古城(京都府京都市)[4.9km]
淀城(京都府京都市)[5.2km]
勝龍寺城(京都府長岡京市)[6.4km]
寺戸城(京都府向日市)[7.3km]
吉祥院城(京都府京都市)[7.7km]
山科本願寺(京都府京都市)[7.7km]
物集女城(京都府向日市)[8.1km]
革嶋城(京都府京都市)[8.5km]

向島城の解説文



向島城(むかいじまじょう)は、京都市伏見区向島本丸町にあった近世の日本の城。

概要 

向島城は、別名を四谷城といい、現在は埋め立てられたが、湖のような巨椋池(おぐらいけ)の湖畔に浮かぶ水城だったとされる。

沿革 

向島城は、文禄3年(1594年)に豊臣秀吉によって伏見城の支城として宇治川を隔てた南側に築城された。 元来、観月橋の地名が残るなど、月見の名所でもあり、月見用の城として築かれた城郭だったが、慶長元年(1596年)に起こった大地震(慶長伏見大地震)により、伏見城(指月城)が崩壊すると、秀吉は一時居所を向島城へ移し、 慶長2年(1597年)に木幡山の新しい伏見城が完成するまで、仮の居城とした。

秀吉の没後は、徳川家康と石田三成が対立することとなり、豊臣政権の分裂による衰退を危惧した五大老前田利家からの提言で、伏見城下の上屋敷で政務と執っていた家康は、三成の襲撃に備えて、向島城へ居所を移して修築を行ったとされる。

慶長4年(1599年)、利家が死去すると、朝鮮出兵以降三成に不満を持っていた加藤清正・福島正則・黒田長政・池田輝政・細川忠興・浅野幸長・加藤嘉明の武断派七将が三成を襲撃する事件が起きた(石田三成襲撃事件)。

この時に三成は、向島城で家康により保護されたとされる。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後、伏見城が家康により再建されるが、 元和6年(1620年)の伏見城の廃城と共に向島城も廃城となった。その際の廃材は、東本願寺伏見別院の建立などに寄付された。

遺構 

現在の城域は全て住宅地となり、遺構は何も残っていない。「本丸町」「二ノ丸町」といった地名が残る。

しかし、本丸・二の丸・三の丸の在った場所は、周囲より一段高く、堀との段差が確認できる。

アクセス 

鉄道

  • 観月橋駅(京阪宇治線)より南へ約徒歩8分
  • 向島駅(近鉄京都線)より北へ約徒歩15分

  • 宇治西IC(京滋バイパス)~国道24号線
  • : 駐車場は無い。

参考文献 

  • 『日本城郭大系 第11巻 京都・滋賀・福井』新人物往来社、1980年。
  • 中井均 監修;城郭談話会 編『図解 近畿の城Ⅰ』戎光祥出版、2014年。ISBN 978-4-86403-124-0。
  • 仁木宏;福島克彦 編『近畿の名城を歩く 滋賀・京都・奈良編』吉川弘文館、2015年。ISBN 978-4-64208-265-5

向島城の口コミ情報

2022年07月21日 尼崎城讃岐守一口城主
向島城



6月25日、伏見城下城後に向島城に向けて徒歩にて進軍。道中、伏見指月城跡にも立ち寄ってみました。[マンション建設に先立ち実施した発掘調査によって指月城の中心部の一角を検出した]と説明板に書いてありました。

進軍再開後、京阪観月橋駅の前を通り、観月橋を渡って宇治川を越え、国道24号を南下していくと道の東側に<向島城本丸址>の説明板がありました。説明板を読んでみると(伏見城の支城として宇治川を隔てた南側の巨椋池に築いた水城が向島城である。〜本丸町、二ノ丸町、鷹場町などの地名が残されている。)とありました。観月橋の南側に<祈交通安全向島地域東西道標>の石碑があり、よく見てみると下部に町名が刻まれており説明板に書いてあった町名を見つけることが出来ました👀

2021年09月23日 福山治部丞武市
本丸跡[向島城  遺構・復元物]

遺構らしいものはありませんが、町名などで何となく広さは推測できます。本丸の郭の真ん中に現在は道が通っているみたいです。

2019年05月02日 河内守ささき
向島城跡本丸址[向島城  碑・説明板]



向島城跡の本丸址の説明板はアプリが示す城跡の対抗車線にあります。自分はアプリが示す城跡に説明板あるかと思いましたがただの住宅街でした(笑)諦めかけた時にこの説明板を見つけました!

2018年05月20日 課長大和守Ver.B
向島城

秀吉が築造し千姫が誕生したというエピソード豊かな城ですが、遺構らしき遺構は近代の開発によりほぼ消滅しています。
ただ伏見城遠望のためという三ノ丸の台地や本丸の微高地という地形的な高低差で僅かに城跡を偲ぶことはできます。
また最近になり本丸と三ノ丸跡に説明板も設置されたり(二ノ丸は見つけられませんでした)至近に秀吉の土木施設である太閤堤の痕跡もあったりと、以前に比べれば城跡感は感じられるように思いました。
ちなみに本丸、二ノ丸といった地名ですが、昭和初期に字向島という地名が再編されて出来たモノらしく正確な城の有様を示すものでは無いようです。

2014年11月21日 雨の物語征夷大将軍クララ姫
向島城


現在の向島城跡地は国道24号線が通り、向島ニュータウンなど市街地化しており、遺構などはありません。ただし地名に『本丸町』『二ノ丸町
』『四ツ谷池』『鷹場町』などの地名が残っています。大河ドラマ『軍師官兵衛』では長政等に追われた三成は家康の伏見屋敷に逃げ込んだとありましたが、これが向島のことです。

向島城の周辺スポット情報

 本丸跡(遺構・復元物)

 伏見桃山城 大手門移築遺構(遺構・復元物)

 向島城跡本丸址(碑・説明板)

 三ノ丸趾(碑・説明板)

 コンビニ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore