木津城(きづじょう)

木津城の基本情報

通称・別名

所在地

京都府木津川市木津片山

旧国名

山城国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

木津氏

築城年

室町時代

主な改修者

主な城主

木津氏、三好氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

鹿背山城(京都府木津川市)[2.1km]
多聞山城(奈良県奈良市)[4.1km]
超昇寺城(奈良県奈良市)[5.2km]
稲八妻城(京都府相楽郡)[5.4km]
鬼薗山城(奈良県奈良市)[5.9km]

木津城の解説文

木津城(きづじょう)は京都府に存在した中世の日本の城(山城)。木津川市の木津川左岸の城山に位置する。

築城年は不明だが、康正3年(1457年)に畠山義就の攻撃を受けた木津氏が木津城を自焼させたという記事がある。応仁の乱の際には大内政弘が文明2年(1470年)に山城南部に侵攻したため、大和国人筒井順永らが大和と山城を繋ぐこの城を拠点としていた。

文明9年(1477年)に再度木津氏らが自焼、戦国時代末期には三好三人衆の1人三好政康の勢力下にあったが、永禄10年(1568年)の織田信長の入京後は使われなくなった。

参考文献
角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(28.京都府)』角川書店、1988年。
今谷明『戦国三好一族 天下に号令した戦国大名』P265、洋泉社、2007年。
福島克彦『戦争の日本史11 畿内・近国の戦国合戦』P14 - P21、吉川弘文館、2009年。

木津城の口コミ情報

式部卿京の御恩と奉公と問屋様[2017年05月19日]
JR木津駅から循環バスで城趾公園バス停ありますが歩いても15分ぐらいでしたので徒歩圏内でした。
まわりは造成中なのでコンパクトな曲輪に空堀、土橋、土塁が確認できます。

課長監物様[2014年10月12日]
既に城跡公園として開園しています。
主郭周辺の土塁や空堀等は健在でしたが、周囲は公園化に際し削り取られています。
城名は公園化の際に郷土史家との間で議論になったこともあってか単に「城跡」とされています。

ポリタンク大和守様[2012年06月06日]
周辺が開発されており、お城は公園に取り込まれます。堀は消滅するかもしれないので、見学するならお早めに。

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