立野城(たつのじょう)

立野城の基本情報

通称・別名

所在地

奈良県生駒郡三郷町城山台1、2

旧国名

大和国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

立野氏

築城年

室町時代前期

主な改修者

主な城主

立野氏、松永氏

廃城年

天正5年(1577)

遺構

曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)

指定文化財

町文化財(立野城宝篋印塔)

再建造物

周辺の城

信貴山城(奈良県生駒郡)[2.2km]
下垣内城(奈良県生駒郡)[2.9km]
高安城(奈良県生駒郡)[3.2km]
片岡城(奈良県北葛城郡)[3.3km]
椿井城(奈良県生駒郡)[3.5km]

立野城の口コミ情報

邦順大和守大八郎宗久様[2014年03月10日]
訂正
地図をよく見直した所、恥ずかしい事に以前書いた文が誤りだったので訂正する。
トノバカと書いた箇所(当サイトで示された公園付近)だが、実際は郭跡である。
また追加事項として
①落城後に捨てられた塔が三郷町内の寺院にある事
②三郷路ふるさと散歩という本に復元図がある事(三郷町立図書館所有)
③橿原考古学研究所の調査報告(奈良県立図書情報館で発見。三郷図書館には多分ある)。郭と馬出しを結ぶ、石で補強された土橋の写真があるので興味のある方は見てみると良い。

邦順大和守大八郎宗久様[2012年10月22日]
興福寺の立野氏が永禄年間に築城。信貴山寺(朝護孫子寺)参詣道を挟む4つの楕円形の郭を持ち、それぞれ土塁・空堀で囲んだという。のちに松永勢に落とされ、信貴山城の東南を固める出城となる。
現在は宅地造成により遺構は潰れ、郭より上にあったトノバカであろう墓地が残る。駐車場はない。徒歩参詣のついでに寄るのは如何だろうか?
北東の矢田丘陵(椿井城など)、南の馬坂城(現在の王寺霊園付近にあった片岡城支城)、眼下に大和川を臨める。法隆寺に布陣した織田先遣隊の動向監視・足留めを期待されたのではないだろうか。

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