一之瀬城(いちのせじょう)
一之瀬城の基本情報
通称・別名
- 一之瀬御所
所在地
- 三重県度会郡度会町脇出字城山
旧国名
- 伊勢国
分類・構造
- 平山城
天守構造
- -
築城主
- 愛洲太郎判官
築城年
- 南北朝時代
主な改修者
- -
主な城主
- 愛洲氏、宗良親王
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)
指定文化財
- 町史跡(一之瀬城東の城跡・西の城跡)
再建造物
- 碑、説明板
周辺の城
-
五ヶ所城(三重県度会郡)[10.4km]
田丸城(三重県度会郡)[15.9km]
三瀬砦(三重県多気郡)[16.1km]
三瀬館(三重県多気郡)[16.9km]
斎宮城(三重県多気郡)[20.8km]
越賀城(三重県志摩市)[21.5km]
大河内城(三重県松阪市)[22.3km]
阪内城(三重県松阪市)[23.7km]
松坂城(三重県松阪市)[25.6km]
田城城(三重県鳥羽市)[25.7km]
一之瀬城の口コミ情報
2026年04月20日 尼崎城伊勢守一口城主
一之瀬城西の城[一之瀬城 周辺城郭]
[東の城から西の城移動編]
本アプリのお城マークのある東の城見学後は西の城に向かいました。写真①の中央やや右の小山が西の城です⛰️
写真②の道標の通り、直進しても右へ周ってもどちらからでもアプローチ出来ます↔️
まずは直進編からですが直進していくと一之瀬公民館前に<城跡見学者駐車場>🅿️(写真③)があり、約1ヶ月前(3/22)は道標に沿って花道(写真④)を進みました🌸
次に写真②地点から右周りコースは写真⑤のT字路を左折していきます。T字路を反対方面から見ると<西の城跡へ」の道標があります。(※写真⑤のミラーの上の方にある標識には18km・五ヶ所・県道721号➡︎表記されていますがこちらにある五ヶ所城も一之瀬城と同じく愛洲氏の城跡があります⛰️)
写真⑤、⑥を西の城方面へ進んだところにも<城跡見学者用駐車場>🅿️(写真⑦)があります。
西の城の麓には向井将監館跡(写真⑧)があり見学後西の城主郭へ向かって出発🥾
2026年04月20日 尼崎城伊勢守一口城主
一之瀬城西の城[一之瀬城 周辺城郭]
[西の城・散策前編]
城跡への道標(写真①)に沿って、保存の方々のお心配りのツエ(写真②)を拝借して出発。写真③左下の赤い小さな道標の通り西の城の主郭へは斜面をひたすら直進していくと辿り着けます。主郭を目指して石積(写真④)や段曲輪のような人工地形(写真⑤)、郭(写真⑥)、空堀・土塁(写真⑦)を見学しながら進み、写真①地点の登口から私の足で約4分で西の城跡の主郭・青木山(写真⑧)に到着‼️
東の城の登口の説明板に「一之瀬城は東西の城が一体となって機能した中世の城」との説明板の一文があったので西の城の東の城と向かい合っている斜面は味方と連携を取るための往来をある程度はしやすいようにしていた築城主の設計意図もあったのかもしれません🤔
2026年04月20日 尼崎城伊勢守一口城主
一之瀬城西の城[一之瀬城 周辺城郭]
[西の城・散策後編]
主郭からさらに奥(西)へ進むと6条の空堀群を楽しめる(写真①)とのことで散策後半は空堀見学まず第1号(写真②)、続いて第2号(写真③)、第3号(写真④、⑤)、第4号(写真⑥)と連続して見ることが出来ます。写真⑥の通り、第5、6号は90m先とあり少し離れています。第5号(写真⑦)、第6号(写真⑧)と見学し、さらに何か遺構はないものか🧐と尾根筋を奥(西)へ進んでみましたがエンドレスで尾根筋が続いていきそうだったので5分ほど進んでUターン↩️
訪城日は東の城も西の城もゆっくりと見学することができ中世の山城を楽しめました‼️
2026年04月20日 尼崎城伊勢守一口城主
一之瀬城
[公共機関進軍編]
私事ながら、いつもお城巡りでお世話になっている方と同じ名前(※漢字は一文字違い)の城跡だったためリア攻めに挑戦✊
3/22、三重交通さんのみちくさきっぷワイド2日目、伊勢市駅より南島線(南島直方行き)に乗車し一之瀬公民館🚏で下車🚌(参考までに私の乗ったバスは伊勢市駅7:13→一之瀬公民館7:57※伊勢市駅の乗り場は駅前のロータリーではなく信号を渡った三交イン伊勢市駅前ホテルさんの前でした)
一之瀬公民館バス停🚏付近に一之瀬城址・神社の道標(写真①)が見えたのでそちらに進むと東西の城跡(写真②)があるようでまずはアプリの城郭マークのある東の城跡に向かいました。城址・神社入口には写真③の通り、トイレ🚾や駐車場🅿️があります。また資料BOXや説明板を設けて下さっています(写真④)説明板(写真⑤)には東西の城跡図が載っており、一之瀬城は当地の豪族の愛洲氏が南北朝時代の南朝の後醍醐天皇の息子の宗良親王を迎えたお城とありました。地図帳🗾で後醍醐天皇のいらっしゃった南朝の拠点の吉野(奈良県)を中心にして眺めてみると吉野の東方の伊勢を愛洲氏、畠山氏が支えていたように思われました🤔
写真⑥の手水舎より直進して階段を登り右に進むと<宗良親王御遺蹟>の石碑が建っています。私は先に社号標のある鳥居⛩️(写真⑦)をくぐって一之瀬神社にお参り👏社号標付近に一之瀬神社記念碑(写真⑧)があり、碑文中央部に「〜境内は一之瀬城趾として古くから知られ又南朝の宗良親王の」※一之瀬神社本殿後方が東の城跡主郭でした。
2026年04月20日 尼崎城伊勢守一口城主
一之瀬城
[散策前編]
一之瀬神社本殿の後方の壁面上部(写真①)が主郭で、神社参拝後、見学順路(写真②)に沿って散策開始。まず、横堀(写真③)が迎えてくれます。その後、空堀と土塁(写真④)、竪堀(写真⑤)を見学し虎口のような第二郭(写真⑥)を経て東の城跡の主郭(写真⑦)に到着。郭の神社側の際まで進むと元大株松🌲の標識(写真⑧)があり、かつては一之瀬神社の社のシンボルとして立っていたが伊勢湾台風で倒されてしまったとのこと。
一之瀬城は縄張りの標識が充実していたお陰で楽しく散策でき、一之瀬城を守る会の方々に感謝致します🙇🏻♂️
2026年04月20日 尼崎城伊勢守一口城主
一之瀬城
[散策後編]
主郭見学後、主郭への道中に見た空堀と土塁の主郭とは逆方面も気になり見学。外側にもあり(写真①)連続空堀という用語があるのかどうかは不明ですが守りの固さを感じます。散策時間に余裕があれば主郭から外側に向かって(下って)の散策もオススメです。
主郭周りを見学後、<宗良親王在城記念碑>のある見張り台跡(通称イワノハナ)に向かいました(写真②)石碑(写真③)があり裏面には「延元元年(1336/建武3年)北畠親房宗良親王ヲ奉ジ伊勢ニ據ル親王一之瀬城中ニ座シ勤王ノ軍ヲ鼓舞セラル當年ノ御詠載セテ李花集ニ在リ」と刻まれていました。石碑地点は見張台だったとのことで見晴らしが良く(写真④)、また縄張りの端で岩が多い場所(写真⑤)でイワノハナ(岩の端)との通称通りの場所でした。
城跡見学後は一之瀬川に移動🏞️まずは愛洲橋(写真⑥、⑦)から東の城を眺めてみました。続けて愛洲橋から一之瀬川沿いを南下して東の城の見張台方面を眺めてみました(写真⑧)※写真⑧の左側の鉄塔と重なっている山が西の城です。
2023年09月14日 左京大夫吉川
一之瀬城
学校横にしっかりと看板があるので分かりやすい。
2023年03月28日 ᴿᴱᴰ副将軍
一之瀬城西の城[一之瀬城 周辺城郭]
尾根を多重堀切で分断した愛洲氏の拠点🏯
オススメ度 ★★★★⭐︎
築城年代は不詳。南北朝時代に愛洲太郎判官により築かれたと云われます。
花山院に幽閉状態であった後醍醐天皇は脱出し吉野に南朝を樹立。後醍醐天皇は、皇子達を各地に派遣し体制の立て直しを図りました。
1337年、その中の皇子のひとり天台座主尊澄(宗良親王)は後醍醐天皇重臣である北畠親房に伴い伊勢へと降り、迎えられたのが愛洲氏の一之瀬城とされます。その後、還俗した宗良親王は南朝復興のため各地を転戦しました。
宝徳年間(1449年~1552年)には愛洲氏は居城を五ヶ所城へ移したため一之瀬城は支城となった様です。
1575年、北畠氏の家督を事実上乗っ取った織田信雄は田丸城を居城としたため、田丸城主であった田丸直昌と田丸一族は城を出ることとなり、田丸直昌は岩出城、その父の田丸具忠は一之瀬城に移りました。
その後の一之瀬城は不明ですが、しばらくして廃城となった様です。
見所
一之瀬川に流れる二本の支流の間の丘陵上に築かれています。
東西に伸びる尾根の東端山頂部に主郭を配し、主郭東下の二郭とは堀切で区切られ外側に土塁が付いているため横堀状になっています。さらにスロープ状の土橋が付き虎口を形成しています。
主郭西側背後は四重堀切で遮断。更にその先には二条の堀切が確認できます。
東の尾根にも連続堀切を設けられており、東西に伸びる尾根を堀切で刻んでいる縄張りです。
縄張り図にはありませんが、連続堀切を越えた西側鞍部は大きくクランクした搦手の虎口にも見える箇所もありました。
行き方は、一之瀬公民館を目標に設定。ここが西の城の駐車場です。公民館から案内板が出ており迷わずに行くことが出来ます。
400mほど東に行けば東の城もあり、こちらも見応えあります。併せての訪城をオススメします。
2023年03月27日 ᴿᴱᴰ副将軍
一之瀬城
登録地である一之瀬城東の城の口コミです。南伊勢の有力土豪である愛洲氏の居城🏯
オススメ度 ★★★★⭐︎
築城年代は不詳。南北朝時代に愛洲太郎判官により築かれたと云われます。花山院に幽閉状態であった後醍醐天皇は脱出し吉野に南朝を樹立。後醍醐天皇は、皇子達を各地に派遣し体制の立て直しを図りました。1337年、その中の皇子のひとり天台座主尊澄(宗良親王)は後醍醐天皇重臣である北畠親房に伴い伊勢へと降り、迎えられたのが愛洲氏の一之瀬城とされます。その後、還俗した宗良親王は南朝復興のため各地を転戦しました。宝徳年間(1449年~1552年)には愛洲氏は居城を五ヶ所城へ移したため一之瀬城は支城となった様です。1575年、北畠氏の家督を事実上乗っ取った織田信雄は田丸城を居城としたため、田丸城主であった田丸直昌と田丸一族は城を出ることとなり、田丸直昌は岩出城、その父の田丸具忠は一之瀬城に移りました。その後の一之瀬城は不明ですが、しばらくして廃城となった様です。
見所
一之瀬神社の北側が主郭で、主郭の周囲は横堀が巡り、北側は更に堀切が連続します。神社の南側には見張り台もあり、小規模で後世の改変により一部が削られていますが、気軽に登城できる高コスパな城跡です。行き方は、一之瀬神社を目標に設定。駐車場もあり、散策ルートの案内もあります。
400mほど西に行けば西の城もあり、こちらも見応えあります。併せての訪城をオススメします。
2022年04月17日 大島美濃守光義
一之瀬城
遺構が割と残ってます。見晴らしも良くて気持ちいいですよ。
2022年01月23日 VTR美濃守シゲ浜省金沢
一之瀬城
旧一ノ瀬小学校にある駐車場に、東の城から登城。トイレも登城口直ぐ横に有りありがたいです
神社裏に登城路有り、と言うより既に本郭の切岸ですね、北側の堀切に土塁は見応え有り。桝形虎口状の郭を経て本郭へ
見張り台の大岩は南側の展望が効きます。少し木々が邪魔しますが😅
戻って西の城へ入って来た道路反対側です案内甲板有り。こちらも遺構が良く残っていて主郭周りの空堀、土塁、西に続く連続空堀が見どころです
2021年11月09日 ko+
一之瀬城
一之瀬神社が鎮座する丘に東城、その西約400mの尾根先端部に西城があります。
東城、西城それぞれに駐車場がありますが、トイレ、解説板があり、縄張図を置いて下さっている東城から訪城される事をおススメします。
西城の資料は他で探してもあまり出て来ませんので、こちらの解説板と縄張図はとても有難いです。
【東城】
神社神殿の北側に主郭が置かれ、その主郭の周囲をコの字状に堀、土塁が巡る。
堀は、北側では多重の堀切となり、東側では竪堀となって丘裾へと流れる。
【西城】
尾根先端に高低差を利用して造られた郭群、横堀が連なる。
城域ピーク、まとまった広さを持つのが主郭、その背後尾根続き西側には連続6条(7条の可能性も有り)の堀切が残る。
南朝方を支えた豪族愛洲氏が五ヶ所城に移るまでの本拠地、一時、後醍醐天皇の皇子宗良親王が在城したとされ、平成27年、度会町指定文化財に指定。
駐車場、道案内板、そして城域そのものをとても綺麗に整備して下さっています。
城域は何処を撮影しても、必ず手作りの案内板が写るほど。
文字だけではなく、案内板の背景に空堀、土塁等の形状が描かれていて、遺構をわかりやすく案内しようという地元の方々の思いが伝わってきます。
特に東城は、駐車場からほとんど登らずに遺構を楽しむ事が出来、「土のお城は難しい」「山登りはちょっと苦手」と感じておられる方にもオススメです。
2019年05月24日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
歩くこと30分以上でようやく一番奥まで来ました。まるで龍が上下に身を動かすかのような城の姿です。怖い城です···。
2019年05月24日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
ようやく主郭(笑)。しかしこの奥にはまだまだ続きがあるようです。どこも細長い曲輪です。
2019年05月24日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
どこまで行ってもこのジェットコースターみたいに続く空堀群と曲輪の連続です。面白い!
2019年05月24日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
こんな感じで空堀とその造成で出た土を使い作った土塁。
2019年05月24日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
入り口から真っ直ぐに上がると空堀群と曲輪の往復ビンタです。
2019年05月24日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
一之瀬神社の道路反対側に西の城。尾根上に細く細く続く曲輪群。
2019年05月24日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
主郭。ここで宗良親王が東国へ旅立つ固めの拠点。京から離れていくことに、内心は心細い面持ちではなかったか?
2019年05月24日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
一之瀬神社裏に東の城の一番の見所の空堀です。
2019年05月13日 シバヤン左兵衛督肝胆相照
一之瀬城
南朝の後醍醐天皇の皇太子、宗良親王の忠魂碑でした。この城から信濃を中心に東国各地に転戦した。父親の為に人生を戦乱に身を投じた彼の幸せはあったのか···。
2013年04月23日 足利駿河守泰光麁正
一之瀬城
県道22号と県道721号の脇出交差点、一之瀬郵便局有り、付近の学校奥に一之瀬神社があります。
2012年03月13日 三河守コーキしゃん
一之瀬城
一之瀬神社手前に駐車スペースがあります。
神社の裏側が主郭部になっていて周りを空堀が巡っています。









