飯盛山城(いいもりやまじょう)

飯盛山城の基本情報

通称・別名

飯盛城、飯森山城、足助城

所在地

愛知県豊田市足助町飯盛39-1他

旧国名

三河国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

足助重長

築城年

平安時代後期

主な改修者

主な城主

足助氏、鈴木氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

県史跡(飯盛城址)

再建造物

石碑

周辺の城

足助城(愛知県豊田市)[0.9km]
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飯盛山城の解説文

平安時代末期に足助氏初代の足助重長により飯盛山城が築かれた。山頂を三段に削って本丸から三の丸まで城塁が置かれ、西側と北側に矢場、東側には2箇所の空堀が切られた。現在もその痕跡が地形として残されている。

足助氏衰亡の後は、その菩提を弔うために居館跡に香積寺が置かれた。山門脇には現在も土塁が残る。また、その後この地を治めた鈴木氏は飯盛山城を本城として6つの支城(真弓山城、臼木ヶ峯城、大観音城、城山城、成瀬城、黍生城)を築き、足助七城と呼ばれたとも伝わっている。

飯盛山城の口コミ情報

なつりん河内守様[2017年01月24日]
かつての足助の地は、東美濃・信濃・尾張及び三河を結ぶ街道が交差する交通の要衝でした。
その為か一帯には多くの城砦が存在します。
その中でも鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した豪族足助氏が有名で、ここ飯盛山城を本城としました。

遺構としては、頂上の主郭部に三段の曲輪や他にも大小の曲輪群が尾根筋に配置され他に空堀など現在でも確認する事が出来ます。
圧巻は香積寺の山門にある横に延びる大きな土塁も当時のままの状態で拝めます。

また、山麓一帯は香嵐渓と呼ばれ景勝地としても有名なところです。
その為に駐車場は有料ですが、付近には沢山ありました。

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