蟹江城(かにえじょう)

蟹江城の基本情報

通称・別名

所在地

愛知県海部郡蟹江町蟹江本町城

旧国名

尾張国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

北条時任

築城年

永享年間(1429〜1441)

主な改修者

主な城主

北条氏、滝川氏、佐久間氏

廃城年

天正12年(1584)

遺構

井戸

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

大野城(愛知県愛西市)[1.8km]
前田城(愛知県名古屋市)[3.7km]
松葉城(愛知県海部郡)[4.6km]
荒子城(愛知県名古屋市)[6.0km]
蜂須賀城(愛知県あま市)[7.8km]

蟹江城の解説文

蟹江城(かにえじょう)は、現在の愛知県海部郡蟹江町にあった中世の平城。

概要
蟹江城は永享年間(1429年 - 1440年)に北条時任(ときとう)が城塞を築いたのがはじめと言われ、戦国時代には、本丸、二の丸、三の丸の三郭(さんかく)があり、大野、下市場、前田の三つの支城があった。しかし、1584年に起きた蟹江城合戦と翌年の大地震で壊滅した。現在は住宅地に城址の石碑と本丸井戸跡が残るのみである。

歴史・沿革
永享年間(1429年 - 1440年)、北条時任より築城される。

1555年、今川方の松平広忠によって攻略され(蟹江七本槍)、その後も長島城主服部友貞の元、織田氏との対立の場となる。
1567年、友貞の資金により、織田家家臣滝川一益によって再構築され、その後の北伊勢進攻(1568年 - 1570年)、長島一向一揆(1570年 - 1574年)鎮圧の拠点となる。
1583年、一益は賤ヶ岳の戦いの後に羽柴秀吉に敗れ、織田信雄の家臣、佐久間正勝が城主となる。
1584年、小牧・長久手の戦いにおける蟹江城合戦では秀吉方となった一益に攻略されるも、徳川家康・織田信雄の大軍に包囲され、篭城戦の末、半月後に落城した。

1585年、大地震により壊滅。

蟹江城の口コミ情報

うさチ様[2011年01月07日]
石碑と看板がありました近くには本丸井戸跡がありますよ
また近くの歴史資料館には蟹江合戦の資料が閲覧できまぁす

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