相川陣屋(あいかわじんや)

相川陣屋の基本情報

通称・別名

佐渡奉行所

所在地

新潟県佐渡市相川広間町

旧国名

佐渡国

分類・構造

陣屋

天守構造

なし

築城主

大久保長安

築城年

慶長8年(1603)

主な改修者

主な城主

大久保氏、鎮目氏、伊丹氏、荻原氏、根岸氏、川路氏

廃城年

遺構

御役所、土塁、横堀(水堀)、井戸

指定文化財

国史跡(佐渡金山遺跡)

再建造物

奉行所、説明板

周辺の城

新穂城(新潟県佐渡市)[14.9km]
青木城(新潟県佐渡市)[16.1km]
羽茂城(新潟県佐渡市)[22.4km]
鷲崎城(新潟県佐渡市)[40.3km]
天神山城(新潟県新潟市)[61.8km]

相川陣屋の解説文

佐渡奉行の陣屋は当初は鳴子に設置されていたが、大久保長安のころに相川(現在の新潟県佐渡市相川広間町(旧相川町))に移転され佐渡奉行所(相川陣屋、国の史跡「佐渡金山遺跡」の一部)となる。また、島内5(後に4)か所に代官所が設置された。 佐渡奉行とは、江戸時代の官職の一つで、老中配下の遠国奉行の一つで、関ヶ原の戦いを経て佐渡が上杉氏から幕府の支配下となった慶長6年(1601年)に設置された。当初は佐渡代官と呼ばれており、正式に佐渡奉行と名乗ったのは、元和4年(1618年)着任の鎮目惟明、竹村嘉理の代からである。寛永12年(1635年)~明暦2年(1656年)までの一時期は勘定奉行が兼任。正徳2年(1712年)以降は、定員が基本的に2名となる。

芙蓉の間席で1000石高、役料は1500俵、役扶持100人扶持。慶応3年(1867年)には禄高にかかわらず3000両の役金が支給された。

佐渡奉行は佐渡島内の民政を管轄する町奉行と、長安期に開発された佐渡金山をはじめとする金銀山の経営を管轄する山奉行があった。他にも佐渡の海上警衛、年貢の取立を役務とし、幕末には外国船の監視も行っている。

配下には組頭2人、広間役7~8人。以下、定役、並役、使役、同心(70人)、牢守、水主、与力(30騎)など300人いた。

相川陣屋の口コミ情報

おしげ様[2012年04月29日]
佐渡奉行所が忠実に復元されています。
付近一帯は、金の精製施設跡などの史跡が点在しています。

相川バス停近くに観光案内所があり、レンタサイクルを扱っています。
陣屋は案内所から10分位です(上り坂)。
陣屋近くも駐車場はあります。

またバス停近くには日帰り温泉施設もあります。

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