小杉御殿(こすぎごてん)

小杉御殿の基本情報

通称・別名

所在地

神奈川県川崎市中原区小杉御殿町1

旧国名

武蔵国

分類・構造

御殿

天守構造

なし

築城主

徳川家康

築城年

慶長13年(1608)

主な改修者

主な城主

徳川氏

廃城年

寛文12年(1672)

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

丸子城(神奈川県川崎市)[1.4km]
井田城(神奈川県川崎市)[2.6km]
大平砦(東京都世田谷区)[2.7km]
奥沢城(東京都世田谷区)[2.9km]
深沢城(東京都世田谷区)[3.4km]

小杉御殿の解説文

小杉御殿(こすぎごてん)は、江戸時代初頭の1608年に現在の神奈川県川崎市中原区小杉御殿町にあたる中原街道上に造営された徳川将軍家の宿泊施設、本陣である。中原街道がクランク状になった場所の西側、現在の西明寺の境内にあった。

江戸時代初期にはまだ東海道は整備されておらず、中原街道が江戸と西方を結ぶ主要な街道とされていた。徳川家康も江戸と駿府との往還に用いたという。小杉には中原街道を利用する際の将軍の宿泊地として小杉御殿が設けられた。中原街道沿いに設置され将軍の鷹狩等で街道を通行する際に利用された。1660年に廃止された。現在の神奈川県では他に、神奈川御殿藤沢御殿中原御殿がおかれていた。

小杉御殿の口コミ情報

田部朝臣土持兵庫頭様[2014年07月10日]
追記。中原街道が交通の
便を優先する為にクランクを無くする工事始めて昔の雰囲気がなくなってしまいます。残念。

田部朝臣土持兵庫頭様[2012年02月04日]
 ともかく平坦な所。中原街道がクランク状に曲がっているのは、緊急時の防衛上、長く射線に留める為だったのだろうと容易に想像できる。とはいえ、なぜにここ?と疑問が湧きはするが、成立年代からすると居住性重視でそれ程防御は重視しなかったとなればこの平坦さが逆にいいのであったろうといった感じ。
 住宅地で余り道幅の広いところではないので、路駐は論外。新丸子駅から歩こう。

ごろ武蔵守様[2011年09月10日]
石碑がひとつとその反対側、民家の敷地内から伸びる表門を表示する看板ひとつのみです。
駐車場は無いので駅から散歩気分でどうぞ。

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